2017年12月18日(月曜日)
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歴代天皇の詔勅謹解 第一回「詔勅とは」 御所市議会議員 杉本延博

はじめに

 『やまと新聞』で御歴代天皇の「みことのり」謹解を寄稿させていただくことに心から感謝申し上げたい。

 小生は、昨年の十二月八日、大東亜戦争開戦詔書渙発の日に拙著『御歴代天皇の詔勅謹解』を展転社より上梓した。そして『やまと新聞』に有難い書評を掲載していただいた。

  戦前は、溢れるように「みことのり」に関する本が出版され、研究する学者もたくさんいた。しかし戦後は一転して、「みことのり」に関する本の出版状況は皆無となり、研究している学者も僅かな状況になってしまったのである。

 小生のような浅学菲才の者が言うのは、畏れ多いことなのだが、戦後体制を脱却して、天皇国日本の正しい姿を再興するためにも、日本精神の淵源である「みことのり」から学び実践に活かしていくことが、今こそ求められているときではないだろうか。そうした意味からも、一人でも多くの読者に拙著と合わせて、この記事を読んでいただき、「みことのり」について触れていただける一助になればと願っている。

 第一回目は、「みことのり」研究の第一人者であった森清人の著書『大日本詔勅通解』及び『大日本詔勅謹解』から「みことのり」の意義などについての基本的な概論をご紹介していきたい。

 詔勅とは

  森清人は『大日本詔勅通解』の中で、「法律命令以外で、天皇の國民に對する意思表示をされし公文書を詔勅といふ。詔勅は法律ではないが國務その他に關する一種の規範となり、國務に關する詔勅は、必ず大臣の副署を必要とする。詔勅即ちミコトノリは天皇の『御言を宣る』の義で、古代は別に詔勅に關する一定の制式はなかつたのであるが、文武天皇が大寶令を定められるに及び、唐の制に倣つて、初めて詔勅の制式を定められた。」と詔勅の起源、意味について説明している。

『大日本詔勅謹解』の中で、詔勅には、二つの形式(詔勅・宣命)があるとして「一つは漢文體を以てせられ一つは宣命の形式を用ゐられてゐる。然しながら宣命と漢文體とは、その形式を異にする丈で内容の上には、何ら形式のために影響されたところはない。即ち内容を表現する方法の上に變つたところがあらうとも、天皇の御思召を傳へる上には、そこに些の異つた點はないと思はれる。」と論じている。

 本居宣長は、宣命について研究した『續紀歷朝詔詞解』を著したことで有名だ。そこで本居宣長の「みことのり」に関する考えの一端をみてみよう。

『大日本詔勅謹解』の中で、本居宣長の考えについて「唯、本居宣長の如きは、日本的といふ意味から宣命の形式を尊重し、漢文體の表現については、漢臭(支那的)があるのを遺憾とする旨を述べている。」と論じている。その根拠として「世にいはゆる宣命は、即ち古への詔勅にして上代の詔勅は、此の外になかりしを、萬の事、漢さまにならひ給ふ御世々々となつては、詔勅も、漢文のを用ひらるること多くなつて、後の世に至つては、つひにその漢文なる方を詔書、勅書とはいひて、もとよりの皇國言のをば、分けて宣命とぞいひならへる。」と『續紀歷朝詔詞解』から主張の一端を引用して、宣命尊重論を主張したと説明している。

 さて戦後、日本国憲法では、詔勅をどのように定めているのであろうか?憲法前文には「人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基づくものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。」と明記されており、また憲法第九十八条の条項では、最高法規である憲法に反する詔勅などは効力を有しないと明記されている。つまり現憲法下では、詔勅に制限がかけられているということである。

敬神愛民の大御心が現れた詔勅

 御歴代天皇の詔勅から「神を敬い・民を愛する」大御心を拝することができる。『大日本詔勅謹解』のなかでも「歴代の詔勅を拜誦して、最も眼につくのは、一、敬神 二 愛民についての大御言葉で、殊に愛民の思召を表示せられ、その生活安定を心から祈られると同時に、政策の上に之を實現された場合を度々拜する。」と論じている。ここで謹んで「敬神・愛民」の大御心が顕現された詔勅の一例を分類して抄録していく。

  • 疫病や飢饉、災害などにより苦しむ民を救うよう仰せになられた詔勅

〇今より以後、三載に至るまで、悉く課役を除めて、百姓の苦を息へよ。 仁徳天皇

〇民苦を救はせ、天下諸國は今年の擧税の利を収むること勿く、竝に庸の半を減ずべし。 文武天皇

〇宜しく京畿・七道諸國の飢民に、賑給を量り加へ、支濟を獲しむべし。仁明天皇

  • 御親ら率先して模範をお示しになられた詔勅

故れ帝王躬ら耕して農業を勧め、后妃親ら蠶ひて桑序を勉めたまふ。 継体天皇

  • 民の生業を向上させるため諸改善を仰せになられた詔勅

〇船無きに由りて以て甚に歩運に苦む。其れ諸國に令ちて船舶を造らしめよ。 崇神天皇

〇其の國の百姓、農業に怠れり。其れ多に池溝を開りて、以て民の業を寛めよ。 崇神天皇

〇横源を決りて海に通し、逆流を塞ぎて、以て田宅を全うせしめよ。 仁徳天皇

  • 善きまつりごとを執り行うため臣下の意見を聞きたいと仰せになられた詔勅

〇若し國を利し百姓を寛にする術有らば、闕に詣でて親しく申せ。 天武天皇

〇國家の事、萬機を益するあらば、必ず奏聞すべし。 元正天皇

〇凡そ號令の時に便ならざるものは、言ひて諱むこと無く、政化の國に益有るものは、犯して隠すこと莫れ。 亀山天皇

「みことのり」は日本民族にとって政治、経済、教育、道徳など全ての分野を包括している日本精神の根源となるべき尊き指針なのである。

 数多くの尊き御教えである御歴代天皇の「みことのり」が、現在に伝えのこされていることは、私たち日本人にとって民族的な財産であるといえよう。その民族的財産である「みことのり」の一字一句から日本精神とは何かを学び修養することの必要性を改めて主張したいのである。

 次回から謹んで御歴代天皇の「みことのり」謹解に入っていく。