2018年12月16日(日曜日)
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【論説】キログラムの定義変更…私たちの世界に絶対基準は存在しない

※イメージ画像

 
私たちが絶対的な基準だと思っているものが、実は相対的なものだと思い知らされたとき、この世界は何と脆く、移ろいやすいものだと気付かされる。
 
11月16日、国際度量衡総会で1キログラムの定義が130年ぶりに変更されたというニュースは、私たちの暮らしで当たり前となっている重さの単位さえも、人類が共通ルールで作り出した幻想であることを思い知らされるものであった。
 
これまで、キログラムの定義は、フランスにある円柱状の分銅が1889年以降の国際基準となっている。分銅は白金イリジウム合金製で、日本を含むメートル条約の加盟国には複製が配られている。ところが、汚れの付着などによるほんの僅かな誤差が生じるため、新薬開発などに必要な正確な計測に支障が生じる可能性が指摘されていた。
 
そこで、新たな基準として、光が持つエネルギーの最小単位で、電子や原子の質量計算に使える物理定数「プランク定数」を新たな基準に定義し直す案が採択されたのである。この新基準は、茨城県つくば市にある産業技術総合研究所が、高純度のシリコン結晶の密度測定に成功し、正確なプランク定数を求めることができたことで可能となった。
 
アインシュタインは時間と空間が絶対的な存在ではなく、時空は重力の影響を受けて歪むことを人類で最初に指摘した。この世界は、ビッグバン以来、絶対的な何かは存在せず、私たちが存在するはずのこの世界さえも相対的であることを発見したのである。
 
一昨年、世界48か国でベストセラーとなったサピエンス全史(ユヴァル・ノア・ハラリ著)では、ホモ・サピエンスが金銭や宗教、国家といった、本来はこの宇宙に存在しなかった虚構をあるべきものとして信じ込むことで、秩序を保ち文明社会の進化を成し遂げたことを明示した。
 
金銭はただの紙や金属である。宗教は共同幻想である。国家は同種民族の集まりに過ぎない。これらの虚構を、私たちは絶対的な価値観と信じるからこそ、労働の対価は紙・金属に置き替えることができるし、辛い生活も救済への希望で乗り越えられるし、土地や法律という共同幻想も国家という共同幻想のルールによって支えられる。
 
正しいか正しくないかは問題ではなく、信じる者は救われる。この世界の秩序作りに共同幻想による絶対的な基準作りは役立っている。確たる目標や将来像を描いた人の中からしか成功者が現れないのは、自分の中に絶対的な目標地点への道筋が見えるから、今やるべき努力を淡々と重ねることができるのだろう。
 
サピエンス進化のメカニズムは、個人の自己実現でも適用できるということである。相対的な宇宙物理学の世界で、絶対的な己の世界観を築く。自分を支える地面という絶対的な土台がない宇宙空間が相対的というのもなるほど頷ける。
 
私たちは地上という仮想現実の世界で、善悪を含む全てに絶対的な基準を当て嵌めて、日々ルール作りに勤しむ小さな存在である。