2018年11月17日(土曜日)
ようこそ、ゲストさん。有料記事を見るにはログインが必要です。
 
 
ログイン情報を記憶

システム復旧致しました。

政府主催明治150年式典開催 天皇陛下の御臨席を求めず

 23日、明治維新150年を祝う政府主催の式典が憲政記念会館で開催された。出席した安倍晋三首相は「明治の人々に倣い、どんな困難にもひるむことなく、未来を切り開いていく。平和で豊かな日本を次の世代に引き渡していく」と式辞を述べた。
 
 1868年10月23日(明治元年9月8日)、明治天皇は改元の詔を発し、元号を慶応から明治へと改めた。前・越前藩主の松平慶永がいくつかの候補を選び、前日の夜に宮中賢所において明治天皇自らがくじを引かれ、明治に決まったという。後にも先にも我が国の元号がくじで決まったのはこの時だけである。改元の詔は同時に天皇1代につき元号1つの「一世一元」を定めたため、一世一元の詔ともいう。
 
 政府主催の式典はこの詔が発せられた日から丁度150年を選んで開催された。50年前の昭和43年10月23日にも明治100年を記念して政府主催の式典が開催されており、昭和天皇と香淳皇后が御臨席になった。この際、昭和天皇は式典の壇上で「おことば」を述べられている。
 
 しかし、本年の150年式典に天皇皇后両陛下のお姿はなかった。22日の記者会見で宮内庁は「政府から出席の要請がなかった」と明らかにしている。政府が両陛下の御臨席を求めなかった理由は定かではないが、明治維新をめぐる歴史観の対立が背景にあると見る人もいる。
 
 戊辰戦争で新政府と戦った会津などの地域では本年を「明治150年」ではなく、「戊辰150年」と位置付けて関連行事を開催している。また、明治維新を否定的に扱う書籍や雑誌が多数書店に並び、明治という時代そのものを後のアジア侵略の始まりと否定的に見る意見もある。政府はこういった世相や世論に配慮し、両陛下の御臨席を求めないという慎重な対応を取ったと考えられる。
 
 前日の記者会見で日本共産党の小池晃書記局長は「150年を丸ごと祝い、肯定するような行事には参加できない」と語り、欠席を表明した。社民党、自由党もこれに追随し、政府式典に欠席している。
 
 菅義偉官房長官は式典後の記者会見で「明治期の取り組みを全て称賛したり、すばらしかったという一方的な見方を押しつけたりするものではなかった」と式典を振り返った。
 
 なお、本年5月25日に鹿児島で開催された県などの主催による明治150年記念式典には秋篠宮文仁親王同妃両殿下が御臨席され、文仁親王殿下が「この明治150年を一つの契機として、日本の近代がどのような時代であったのかを学ぶ機会にする事も大切でありましょう」とごあいさつされている。