2020年04月06日(月曜日)
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【天皇御製に学ぶ】 第三十九回 四宮正貴(四宮四宮政治文化研究所所長)

仁徳天皇御製

「沖方(へ)には 小船連(つら)らく くろざやの まさづ子吾妹(わぎも) 國へ下らす」

 

「沖の方には小舟が続いてゐる。あれはまさづ子といふ私のいとしいあの子が國へ帰るのだ、といふ意)」

第十六代・仁徳天皇は、吉備(きび)の國の海部直(あまべのあたひ)の娘、名は黒日売(くろひめ)の容姿が美しいと聞こしめして、宮廷に召してお使ひになった。

しかしながら、『古事記』によると、仁徳天皇の皇后の磐姫皇后(いはのひめのおほきさき)は大変嫉妬心の強い方であらせられ、天皇にお仕へする妃嬪(きひん)たちは宮殿の中に入ることもできなかった、そして妃嬪のことが話題になっただけでも足をばたばたさせて嫉妬された。

磐姫皇后の嫉妬を恐れた黒日売は船に乗って故郷に逃げ帰らうされた。その船を見て天皇が、お詠みになった御製が、

「沖方(へ)には 小船連(つら)らく くろざやの まさづ子吾妹(わぎも) 國へ下らす」

である。

この仁徳天皇の御製をお聞きになった磐姫皇后はさらにお怒りになって、人を遣って船から黒日売を下ろして徒歩で帰らせたといふ。かうした皇后の嫉妬物語は古代日本の大らかな精神が表れてゐる感じがする。

一方、『萬葉集』に収められてゐる磐姫皇后の仁徳天皇をお慕ひする御歌は実に悲しい歌である。

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