2019年11月22日(金曜日)
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【筆は剣よりも危うし】 「反逆」の汚名に死すも国のため~畑中健二と孤忠留魂之碑 三澤浩一(武客)

今年の8月15日も、靖国神社は例年と同じく物凄い数の人出となった。敗戦という無念の日だが、たくさんの参拝者を見ると、心強く、嬉しい気持ちにもなる。

 ただし、それに比べて悲しいことがある。「生きては官に養はれ死しては神と祭らるる幸ある」忠霊をお参りする方々は多いのだが、「刑重くして凶漢の汚名に死すも皇国守る」志士をお参りする方が少ないことだ。

 8月15日は「宮城事件」の畑中健二少佐らが自決、8月19日は「226事件」の北一輝先生らが処刑された日である。保守派はもちろん、民族派の人々からも忌み嫌われている方々だが、僕は深く深く敬慕している。

 忠臣と呼ばれている臣下には、大きく分けて3種類ある。まずは正直で素直な普通の「忠臣」、忠臣面をして承詔必謹を唱えるだけの「侫臣」、そして激しいまでに諫言また諫争する「争臣」だ。争臣は「逆臣」と見誤られることも多いだろうが、その真姿は真逆だ。北先生たちは争臣だと信じる。

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