2018年10月19日(金曜日)
ようこそ、ゲストさん。有料記事を見るにはログインが必要です。
 
 
ログイン情報を記憶

システム復旧致しました。

【今更聞けない皇室の基礎知識】 ―なぜ、女系ではだめなのか?英国の前轍に学ぶ― 村田春樹

前号では男系男子がいらっしゃる久邇家・東久邇家・竹田家・朝香家の四家を皇籍に復帰しないと、いずれ皇族は一人もいなくなってしまう。というところまで述べた。今号以降は皇籍復帰の可能性について論じてみたい。まずなぜ男系男子の皇族が必要なのか、英国の王室を例にとって説明してみよう。
 
英国王室はしばしば皇室と比較される。たしかにイングランド王朝はキリスト暦で八百年代の中頃成立したとされている。日本では平安時代、嵯峨天皇や空海の活躍した時代である。しかしイングランド王朝はチュダー王朝だのスチュアート王朝だの、ハノーヴァー王朝だのさまざまに王朝が交代している。
ハノーヴァー王朝のヴィクトリア女王の夫はドイツのザクセン・コーブルグ・ゴータ公だったので、その息子エドワード七世が即位しゴータ朝(後にウィンザー朝と改名)の開祖となった。明治三十四(一九〇一)年昭和天皇ご生誕の年のことである。
 
エドワード七世の息子はジョージ五世、その息子の長女が現在のエリザベス女王である。女王も宝算数えて九十一歳、崩御されたらチャールズ王太子が王位を継ぐ。王太子の父親フィリップ殿下は、元ギリシャの王族であり、チャールズ王太子はウィンザー朝の女系男子である。従ってチャールズは母親のウィンザー朝を継承できず、フィリップ公の実家の姓であるマウントバッテンを新たに名乗ることになる。
つまりエリザベス女王のウィンザー朝は滅び、マウントバッテン朝がはじまるのである。この英国王室を日本に当て嵌めてみよう。
 
明治三十四年に明治天皇の内親王がカウアイ王朝の王子と結婚し、生まれた男児が皇位を継ぎカメハメハ大正天皇となってカウアイ朝日本となる。その女児が皇位を継いで昭和リリウオカラニ女帝となり、更に戦後すぐに、女帝が李朝の王子と結婚しその男児が皇位を継いで李平成天皇となり、李朝日本となるようなものである。
こんな話を読んだら読者は激怒されるだろう。しかしこれが英国王室の実態である。英国は日本人にとっては、ありがたくないどころか驚くべき、想像を絶する珍妙な王朝なのである。
 
昨今喧しい「女性宮家」は、日本がこの英国の、紊乱とも言えるような王朝になってしまう危険を孕んでいる。譬えば現在の内親王や女王が平民(日本人とは限らない、日本人であっても父か父方の祖父曾祖父が外国人かも)と結婚し、女性宮家を立てるとする。
その男児某親王が皇族となり皇位継承権を得ることになる。将来悠仁親王家に男児がお生まれにならなかったら、某親王が皇位を継いで天皇になり新しい王朝が開かれ、そして同時に萬世一系の皇朝は滅ぶのである。
 
このような事態にならないようするには、今から伏見宮系統の宮家(昭和二十二年に臣籍降下した十一宮家の内男児のいる四宮家)のいずれか適当な男児を撰ぶしかない。そしてこの男児を当主とする新宮家を立て、悠仁親王家に男児が生まれないときに備えるしかないの。
どうしても「女性宮家制度」を立法するのであれば「配偶者は旧宮家の男児つまり神武天皇の血統を継いでいるお方に限定する。」という付帯条項を絶対に付けなければならない。以上が私の理想であるが、実現の可能性については次号で論じたい。(続く)