2018年10月19日(金曜日)
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【日本への回帰】 ―天体へのロマン― 展転社編集長 荒岩宏奨

 月見と月の神
 
 中秋の名月とは旧暦八月十五日の満月であり、その満月を鑑賞する風習のことでもある。この風習は平安時代に支那大陸から伝来してきた。旧暦の九月十三日にも月を鑑賞する風習があり、これを十三夜という。十三夜は日本固有の風習である。満月ではなく、満月になる少し前の十三夜の月を鑑賞する十三夜は、日本人の未完の美という感性から派生したのではないだろうか。
 日本神話では、天照大御神の弟である月読命という男神が登場する。この神が月の神である。『古事記』では天照大御神、須佐之男命(すさのおのみこと)と月読命が「三柱の貴き子」とされている。
 『万葉集』には多くの月の歌が掲載されている。そして、「月読壮士(おのこ)」や「月人壮士」などと表現されている歌があり、月は男性とされているのである。また、日本浪曼派の保田與重郎は『源氏物語』を「大空をゆく夜毎の月読壮士のイメージにもとづくのである」と述べている。わが国では、太陽は女性で、月は男性と考へられてきた。


 日本最古の物語である「竹取物語」は、美しいお姫さまが月に帰っていく物語となっている。
 このように、古来の日本人は夜空の月にロマンを感じ、さまざまな歌や物語をつくってきたのである。
 
 ロマン主義
 
 では「ロマン」とは何か。保田與重郎によると、ドイツ・ロマン派は三つのMによって成り立つとしている。それは、ミュトス(Mythos)を中心とするメルヘン(Märchen)とミュージック(Musik)である。つまり、神話を核とする物語と音楽である。すると、ドイツの神話に回帰することが、ドイツにおけるロマン主義である。日本におけるロマン主義とは日本神話に回帰することであろう。だからこそ、日本浪曼派の保田與重郎たちは、日本の神話、日本の古典へ帰ることを「日本への回帰」として提唱したのである。
 ただ、日本においては「浪曼」という言葉が「ロマン」という外来語に漢字をあてはめた言葉であるという性質上、日本の神話や古典への回帰でなく、外国の神話、古典へ進むことまでも「ロマン」という言葉で表現できる。これが「大正ロマン」といえば、日本への回帰とはまったく異なる、異国情緒漂う概念になる理由ではないだろうか。
 現在、ロマンチックな夜空といえば、多くの人々が星空を思い浮かべると思う。しかし、星空を見るロマンとは、西洋人にとってのロマンである。それは、ギリシャ神話が星空の物語だからである。
 
 日本の星の神
 
 日本神話には、星の神はほとんど登場しない。『古事記』にはまったく登場しない。『日本書紀』では「葦原中国平定」のときに、香々背男耳(かがせおのみ)という星の神が登場する。本文中の「一に曰く」として次のような物語が記述されている。
 経津主神(ふつぬしのかみ)と武甕槌命(たけみかづちのみこと)という二柱の神が、豊葦原中国(なかつくに)をほぼ平定し、服従しないのは星の神である香々背男耳のみとなった。そこで、天から倭文神(しとりのかみ)と建葉槌命(たけはつちのみこと)を遣わし、服従させた。
 このような物語となっている。すなわち、最後まで天津神に服従しなかったのが星の神だったのである。
 また、「一書(あるひみ)に曰く」として次のような物語も記述されている。
 天津神が経津主神と武甕槌命を遣わして葦原中国を平定しようとしたとき、この二柱の神は「天に悪い神がいる。その名は天津甕星(あまつみかほし)である。またの名は天津香香背男。まずはこの神を誅して、その後に葦原中国を平定させてください」と言った。
 この「一書」で星の神は、天照大御神と同じ天津神なのだが「悪神」とされているのである。
 『日本書紀』では「彗星」についての記述も何回か登場するが、昔の日本人はこのような現象を恐れていたようである。つまり、星に対しては悪印象の方が強かったのだ。
 おそらく、古の日本人は星よりも月にロマンを感じていたと思われる。現在を生きる日本人には、日本神話における月の神の物語を知ってから月見をし、大いに夜空の天体にロマンを感じてもらいたい。