2018年11月18日(日曜日)
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【魔女狩り】 野伏翔

 去る7月24日映画「めぐみへの誓い」の件で、やまと新聞編集長の土屋たかゆき氏と議員会館に出向いた際、杉田水脈議員の部屋に顔を出した。生憎杉田氏本人は留守だったが、秘書氏が額の汗をぬぐいながら鳴りやまぬ電話の応対に追われていた。杉田水脈議員が雑誌「新潮45」に書いたLGBTに関する文章の中で、「LGBTカップルには生産性がない」と書いたことを、「杉田はLGBTには生きる価値がないと言った!」等と非難され炎上していたからだ。その後は何と杉田議員への殺害予告、更に28日には自民党本部の前で杉田議員辞任要求デモが行われた。
 
 この杉田氏の文章は新潮45の「日本を不幸にする朝日新聞」と言う特集の中の一つで、少子化対策のための彼女の政治家としての意見表明である。「子育て支援や子供ができないカップルへの不妊治療に税金を使うのであれば、少子化対策のために税金を使うということには大義名分があります」と述べた上で、「しかし、LGBTのカップルのために税金を使うことに賛同を得られるものでしょうか。彼ら彼女らは子供を作らない、つまり《生産性がない》のです。そこに税金を投入することが果たしていいのかどうか」・・・と書いた。至極まっとうな意見であるが、この《生産性がない》と言う言葉が言葉狩りに合い、「杉田はLGBTは生産性がないから要らないと言った!」「人間を生産性で差別するな!」「ナチスの優生思想と同じだ!」と杉田氏の意見を意図的に捻じ曲げ、気違い左翼が殺人予告までする羽目に至った。
 
 27日に行われた自民党本部前での杉田水脈議員の辞職を求める抗議活動は、主催者側発表で4000人が参加。プラカードを掲げ次々とマイクを握った参加者は「差別を許すな!」「杉田議員は辞職せよ!」「人権を無視する議員は要らない!」と鉦や太鼓を叩きながら絶叫した。この映像を見た私の感想は「おぞましい・・・!」の一言である。杉田水脈と言う若い女性議員一人を槍玉に上げ血祭りにし、社会的に抹殺しようとする衆を頼んでの熱狂は、正に現代の魔女狩りであり、人民裁判によるリンチにつながる危うさを感じた。そして映像で見る参加者たちの自己陶酔した目に、私は狂ったオウム信者と同じ淀んだ光=怨念と嫉妬の炎を見た。
 
 参加者の中に福島瑞穂議員の姿があった。彼女はかつて拉致被害者などは存在しないと言い張り。2002年に金正日自身が拉致を認めた後も、日本人にとって最大の人権侵害問題である拉致問題には全く向き合おうともしていない。その福島氏の仲間である興奮しきった参加者たちが、とても他人の人権を守るために活動しているとは思えない。どんちゃん騒ぎのパフォーマンスで、たった一人の意見を抹殺し、議員辞職を求める行為の醜さと卑劣さには、心底嫌悪感を抱く。同時に自民党の議員でありながら杉田氏を批判しマスコミや所謂人権派に媚びる議員の存在と、一部の自称保守の運動家の今回の裏切りには、人の心のどす黒い一面を見せ付けられた思いがする。
 
 LGBT 、Lはレズビアン、Gはゲイ、Bはバイセクシュアル、Tはトランスジェンダーの意味だそうだ。このなかでTのトランスジェンダー=性同一障害だけは深刻な問題で他とは一線を引くべきであり、その点は杉田氏も指摘している。LGBT全てを一緒くたに語ること自体が間違いであると思う。
 
 大体が性の問題に政治が介入すること自体大変難しい問題である。タブーを撤廃しどんな人たちにも権利を与えよと言っても、では近親相姦はどうなる?母と息子、父と娘、兄と妹、姉と弟が本気で愛し合っていると主張し肉体関係を認めよと言い出した時何と答えるのだ。対象が他人でも、小児性愛の男女が互いに愛し合っていると言えばそれを認めるのか?極端かもしれないが獣姦はどうする?世間には一定の割合でそういう変わった性愛に生きる者は確かに存在するのだ。そして彼ら彼女らも又様々な形で時には狂おしいほど真剣に激しく愛し合っていることがあるのだ。
 
 ・・・だが、神は無制限の愛を許さない。キリスト教もイスラム教もユダヤ教も、もちろん仏教も、これらの性愛は決して許さない。而して神は背徳の都市ソドムとゴモラを硫黄と火で焼き滅ぼした。英語のソドミーは男色の意味である。
 
 しかし我が国のヤオロズの神々は至っておおらかである。そのお陰だろう、オカマタレントたちが連日テレビを通してお茶の間に顔を出している国は、世界広しといえども日本しか無い。日本は神話の時代から性に関しては寛容であった。源氏物語にも自由な性愛の表現があり、戦国時代の男色の道である衆道は、葉隠れに「忍ぶ恋」としてその作法までが書かれてある。男が女を演じる歌舞伎、女が男を演じる宝塚歌劇も同性愛的なムードを許容する日本独特の文化である。だが心配はない。日本人とは特別に戒律を設けなくでも、阿吽の呼吸で限界を悟り一線を超えることのない理性を持ち合わせている、真に稀有な民族なのである。
 
 さて私の生きている芝居の世界にはGやBの友人が結構いる。特に床山さんと言われるかつら屋さん、結髪さん、ヘアデザイナー、衣装デザイナー、人形師などの職業にはそちらの人が多い。彼らには普通の男にはない女性的な感性に優れた人が多く、並みの女性よりはるかに繊細な美意識の持ち主が多い。私はどちらかと言うと武骨な演出家なので、積極的に彼らをスタッフに雇い、その感性を利用させて頂くことにしている。彼らはアーティストとして成功している人が多く、学問もあり芸術的知識も豊富で高いプライドの持ち主が多い。彼らに政府がゲイを支援すると言ったら「あら悪いわね、貰っとこうかしら」と鼻先で笑うことだろう。新宿二丁目のゲイバーの連中も勿論高給取りである。反対に子供を抱えて昼夜アルバイトをしながら必死に演劇活動を続けている、実力はあるのだが顔やスタイルが今一で売れない役者たちがいる。彼らに子育て支援してくれたらなあ!と願うのは、・・・私の甘い親心と言うものであろうか。