2018年12月16日(日曜日)
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日本への回帰 言さへく韓 展転社編集長 荒岩宏奨

日本への回帰
言さへく韓
展転社編集長 荒岩宏奨

 
 嫌韓感情の芽生えは万葉以前
 
 北鮮の軍事的脅威や拉致、そして南鮮(韓国)による「慰安婦」問題などがあり、現在のわが国では朝鮮人や韓国人に対する嫌悪(けんお)感情が噴出している。しかし、その感情を露出することをヘイトと呼び、嫌う保守派も存在している。たしかに、日本とは何かを知るという基本を学ぶことなく、単なる嫌悪感情だけをむき出しにするだけであれば、彼らを保守と分類するのに抵抗があることはわからなくもない。とはいえ、朝鮮人や韓国人に対する嫌悪感情を否定する必要はない。
 
 朝鮮人や韓国人に対する嫌悪感を持つのは現在の日本人だけではない。万葉の時代の日本人でさえ、支那人や朝鮮人に嫌悪感を持っていたと推測することができる枕詞が存在している。
 
《つのさはふ 石見(いはみ)の海の 言さへく 韓(から)の崎なる いくりにぞ……》
 
 これは『万葉集』に収録されてゐる柿本人麻呂の長歌の冒頭部分である。人麻呂は聖歌と呼ばれ、三十六歌仙の一人である。
 
 「ことさえく」を漢字では「言喧く」と書く。「言」とは、言葉のことである。「喧く」とは、騒々しく物を言うということである。「言喧く」は「韓」とか「百済」にかかる枕詞になっている。また、「言騒ぐ」も「韓」や「百済」の枕詞として存在する。

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