2018年09月21日(金曜日)
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「左翼から見た譲位」 村田春樹

「左翼から見た譲位」
村田春樹

 
今回の御譲位騒動で、反日反皇室左翼は大喜びしている、ということは既に書いた。反天連(反天皇制運動連絡会)の平成二九年六月三日のデモを呼びかけるチラシにはこうある。
 
「昨年八月の天皇メッセージによって始まった『平成代替わり騒動』は、天皇みずからテレビで天皇制のあり方について主張するという、戦後天皇制にあるまじき事態でした。しかし『憲法違反』の声はマスコミや政治家からほとんど聞かれず、事態は明仁天皇の意向に沿うかたちで進んでいます。ならば天皇制廃止は街頭で訴えるしかない!」
 
奴らの言い分を知る為に「生前退位―天皇制廃止―共和制日本へ」堀内 哲著を繙いてみた。帯に「二一世紀末、日本人は日本共和国に住んでいる!」とある。
著者は、ヒロヒト・アキヒトと呼び捨てにする、強烈な反天皇主義者、極左である。この本に触ったあとは、石鹸でよーく手を洗わないと気が済まない。以前から私は、今上陛下が、左翼の業界では護憲派として人気があるらしいと、うすうす感じていた。しかし今回この書を見ると、驚くことにまさに大人気なのである。同書に曰く
 
「被災地をたびたび訪問しては原発に反対であるかのような言説を発し、さらには海外の戦地を歴訪して、現地住民に対する加害にまで言及する今上夫妻は、たがえようもなくリベラルの星であったわけで(中略)それ自体で(憲法によって禁じられている)政治的行為の遂行者であった。彼彼女(村田注・両陛下のこと)は公費によって行動する「プロ市民」以外ではなかっただろう。」
「天皇アキヒトは、今やさまざまに追いつめられているリベラル派の最後の拠り所である。」
 
こうまではっきり書かれると憮然とするしか無い。
 
それはさておき、今般の御譲位については何と書いてあるだろうか。
 
「いままで護憲派や市民運動家のなかには天皇が『憲法を守っている』『安倍より憲法をよく理解している。』と評価している人が多かった。だが今回の一件で天皇は憲法を理解していない、守っていないことがあきらかになった。なし崩し的に生前退位を容認することは、国民の総意で決定するという、第一条にも違反する。天皇の元首化が現実のものになってしまった。」
「生前退位は皇室の求心力低下をもたらすのだ。天皇は終身・世襲の『公務』を課せられているがゆえに、特権を享受する。『公人』たるべき天皇が『普通のお爺さんに戻りたい』という『私情』を優先させてしまったことに対し『天皇だけは特別扱いはおかしい』という声が上がりかねない。『年をとったから天皇をやめたい』では、その辺のご隠居と変わらない。」「生前退位は生身の人間としてのアキヒトと、政治制度としての天皇の分裂と矛盾を大衆の面前にさらけだしてしまった。その矛盾を止揚するためには、憲法のアキレス腱第一条『国民の総意』に共和制をぶつけるしかない。」
 
まさに意気軒昂である。更に続ける。
 
「生前退位の意志表明の理由とされたのは、公務の過剰に耐えられなくなったということのようだが、これはそもそも憲法に於ける国事行為以外はしなくてもいいものを、生身の人間としての活動を、自業自得的にやたらと増やしたためだろう。国事行為という、社会的非人間性と生物学的人間性の二重性をもたらす諸問題を解決するためには、天皇を社会的非人間から生物学的人間に戻してやれば良いのである。つまり天皇制を解体して天皇を普通の人間に戻してやることが唯一の解決方法である。アキヒト天皇の生前退位の意志表明が、取りざたされているこの機会こそ、天皇制の根源的不条理を徹底的に議論しなくてはならない。」
 
当たり前であるが、奴らは「おかわいそう」愚民より遙かに天皇制度を研究しており、その指摘は憎たらしいが正鵠を射ている。こう書くと一部の読者は早合点して「村田は極左に同調している!やっぱり村田は極左だ工作員だ!」ということになるだろう。間違いなくなる。しかし奴らは「譲位はおかしい。だから天皇制を廃止しろ。」と言っているが、私は違う。「どうして内閣も宮内庁も、こんなことを、奴らに言わせるような譲位を、認めてしまったのか!どうして辞表を懐に、譲位を阻止しなかったのか。いや、もっと言えば、諫死覚悟で懐剣を呑んで説得すべきだったのではないか。
 
私はつくづく思う。平成の御代迄生きてこられてもう充分。次の御代を見ないうちにあの世に行きたいものだ。我が畏友八〇歳の現役ケアマネ女性が「長生きは諸悪の根源!」と喝破した。なるほど私も長生きし過ぎたようだ。(続く)