2018年11月18日(日曜日)
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日本への回帰 万世一系の天皇11   展転社編集長 荒岩宏奨

日本への回帰
万世一系の天皇11
 
展転社編集長 荒岩宏奨

 
現御神(あきつみかみ)
 
 天皇のことを「現御神(あきつみかみ)」と申し上げることもある。昭和二十一年元旦の詔書は、一般的には「人間宣言」として知られている。私にはこの詔書が人間宣言だとは思えないのだが、天皇が人間であることに違和感を覚えることもない。また、天皇が人間であることが神格否定だとも考えない。天皇は神であらせられるとともに、人間でもあらせられる。つまり、現御神なのである。
 わが国における「神」とは、当然ながら西洋における唯一絶対神のゴッドではない。
 わが国の神概念については、本居宣長が次のように述べている。
 
《凡そ迦微とは、古の御典等に見えたる天地の諸の神たちを始めて、其を祀れる社に坐す御霊をも申し、又人はさらにも云はず、鳥獣木草のたぐひ海山など、其のほか何にまれ、尋常ならずすぐれたる徳のありて、かしこき物を迦微とは云なり。すぐれたるとは、尊きこと善きこと、功しきことなどの、優れたるのみを云に非ず、悪きも奇しきものなども、よにすぐれてかしこきをば、神と云なり》(『古事記伝』)
 
 つまり、善悪を問わず、人智を超えたすぐれた存在を神と申し上げる。よって、山が神であることもあれば海が神であることもある。人間が神であることもある。
 
 では、天皇とは何にすぐれたご存在として神なのか。それは、わが国の古くからの言葉に対する信仰が関係してくる。神は直接民に言葉でお語り遊ばされることがない。民に伝えるときには使者を遣わされる。この使者のことを「みこともち」と呼ぶ。みこともちとは、神のお言葉を伝承するという役割を担っている。そして、古代のわが国には、神聖な神のお言葉を伝える者は、その神と同等な神聖性を持つ存在になるという信仰がある。
 
 現在、天皇のことを「すめろぎ」「すめらぎ」と申し上げることもある。折口信夫によると、古代の「すめろぎ」「すめらぎ」の用法は天皇のことではなく、今上天皇以前の神のことだったとしている。そして、「すめらみこと」とは「すめろぎ」「すめらぎ」のお言葉を伝承する者という意味があるのだとしている。すめらみこととは、天津神のみこともちなのだ。よって、天皇は人間でもあらせられるが、天津神のお言葉を伝えるみこともちであるので、天津神と同等の神聖性を持つご存在であらせられ、天津神と同様に神であらせられるのである。
 
みことのり
 
 神としての天皇のおことばを「みことのり」と申し上げる。これは、神のお言葉を宣(の)るという意味であり、みこともちとしてのおことばである。
 
 平成二十八年八月八日、テレビ放送を通じて、「象徴としてのお務めについての天皇陛下のおことば」を賜った。このおことばにより、国会では「天皇の退位等に関する皇室典範特例法」が成立。そして、平成三十一年四月末日の御譲位が閣議決定された。陛下のおことばは、戦後の象徴天皇に関する見直しについてのおことばだと私は拝したのだが、世間は御譲位に向かって動き出したので、動揺した。
 
 この御譲位を推進する意見として「詔承必謹」が持ち出されることも多い。私は詔承必謹に異論はないが、はたして八月八日のおことばは「みことのり」なのだろうかと疑問に思っている。もちろん八月八日は、天皇陛下からみことのりを賜るという姿勢でおことばを拝したのだが、おことばを拝した後、「私が個人として、これまでに考えて来たことを話したい」という箇所が気にかかった。本来、みことのりとは神のお言葉である。みこともちである天皇の、神のお言葉として賜るのがみことのりである。ところが、陛下が「私が個人として」と宣り給うたということは、これは神の言葉ではない、天皇としてのみことのりではないということを伝えるご意図があるのではないかと思ったのである。
 
 八月八日の陛下のおことばは、おそらく陛下お一人ではなく、政府や宮内庁も推敲に推敲を重ねたはずである。したがって、「私が個人として」という箇所が、天皇陛下のご意思なのか、それとも政府または宮内庁による意思なのか、私には判断することができない。しかし、ここが重要である。もし、天皇陛下のご意思であらせられた場合、このおことばはみことのりではないというご意図があらせ給うたことになる。政府や宮内庁の意思であれば、おそらく象徴天皇が国政に関与しないように配慮するという意図があるのだろう。
 
 どちらにしても、「私が個人として」というおことばは、みこともちである天皇のみことのりなのだろうかというのが、古代からのみこともち信仰で見る天皇観から考えたときの疑問である。

 
(原文は歴史的仮名遣)