2017年06月24日(土曜日)
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「サリ―に剣、着物に薙刀、日印の国護る若い女性の雄姿とは」佐波優子

「サリ―に剣、着物に薙刀、日印の国護る若い女性の雄姿とは」佐波優子

 

剣を持ったラクシュミー=バーイ

古今東西、国を護るために身を賭して戦った女性は大勢いる。

今回は、どちらも19世紀後半に戦いに身を賭したインドの王妃と日本の女性を紹介したい。

 まずはインドから。昔、インドがムガル帝国と呼ばれていたころの話だ。1526年、バーブルは今のインドにムガル帝国を建てた。帝国は徐々に勢いを増していき、三代目皇帝のアクバルの下ではムガル帝国は大きく栄えた。インドというと今はヒンドゥー教のイメージが強いかもしれないが当時のムガル帝国はイスラーム国家だった。アクバル帝はイスラム教徒ではない人々に課せられていた人頭税ジズヤを廃止した。宗教マイノリティーの人々への配慮することによって、ムスリムとヒンドゥー教徒との融和を図ろうとしたのだ。国は強くなり、ムガル帝国は繁栄を極めた。4代目皇帝シャー=ジャハーンの建てたタージ=マハルが世界的に有名な建築物であることからも、その興隆ぶりがうかがえる。しかしそんな輝くムガル帝国にも、ヨーロッパの大航海時代以降から始まった植民地主義が少しずつ忍び寄ってきていた。

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