2018年09月21日(金曜日)
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【論説】ドンキが西友を買収できる時代になった

繁華街の中心で存在感をみせるドン・キホーテ新宿歌舞伎町店

 
米ウォルマートが売却を検討しているスーパー西友について、ドンキホーテホールディングス(HD)が買収に興味を示している。この報道を聞いて、「あの西友をドンキが……」と時代の流れに感慨深いものを感じる。
 
私(記者)が生まれ育った西武新宿線の沼袋駅の改札近くには1970年代から西友があり、駅利用者の多くが勤務帰りに立ち寄って夕食の食材を買っていった。
 
一方、一駅上りの新井薬師駅から徒歩7分の場所にはこじんまりとした『泥棒市場』という名称の雑貨屋があった。現在でも店はあるようだが、同名の店が同時代に西荻窪にもあった。それが現在の“激安の殿堂”ドンキホーテの原形である。
 
系列ではないが、新井薬師の『泥棒市場』も西荻窪にあった店と同じ雑貨屋であり、その屋号のインパクトと安い雑貨によって、当時は通り掛かる度に客で賑わう店の様子が印象的だった。今の100円ショップに近い存在だった。
 
西荻窪の泥棒市場はやがてドンキホーテという名称で府中に第一号店を出し、快進撃の第一歩を踏み出す。コンビニやドラッグストア、100円ショップなどは現在ほど多くなかった時代である。我が家の食材は、駅前のスーパーか近所の山崎パンの店、酒屋のいずれかで買うほか選択肢がなかった。
 
だから、西友は我が家の生命線であり、非常に身近な存在だった。一方、雑貨はそれほど頻繁に買うわけではないので、新井薬師の商店街に行くことがあれば、泥棒市場の店内を親と物色して、必要なガムテームや洗濯ばさみなど購入する程度だった。
 
雑貨屋としてスタートしたドンキは特徴的なPOPと雑多な陳列が独特のワクワク感を演出する宝探しの場となり、買う予定のない人まで「何かあるかもしれない」と物色に訪れる暇つぶしの場所として、生活者に受け居られるようになった。
 
一方、競争の激しいスーパーの業界で西友は大量出店や価格競争で失敗を繰り返し、2002年にウォルマートの傘下となる。そのウォルマートも現在、米国でアマゾンとの激しい小売り競争の真っただ中で、資金や人員を集中させるため西友からの撤退を検討していると報道されている。
 
下剋上や栄枯盛衰は、企業に限らず世の常である。今や時価総額が計300兆円を超えるGAFA=グーグル(G)、アップル(A)、フェイスブック(F)、アマゾン(A)=だって、20年前には存在していなかったり、倒産目前だったりした企業ばかりである。米国のIT企業と比較すると、西友とドンキの下剋上はスケールの小さな話ではある。しかし、幼少の思い出は現実以上に大きな存在として記憶に焼き付くものである。
 
変化の時代に生き残る術は何なのだろうか。オンリーワンを突き詰めて大手雑貨の頂点に上り詰めたドンキと、大手スーパーの1つであり続けた西友。時代に受け入れられたのは、店の在り方を独自に変化させたドンキの方だったといえる。