2020年04月06日(月曜日)
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【憂国の風】 三島由紀夫と天皇論(その2) 玉川 博己(三島由紀夫研究会代表幹事)

三島由紀夫と平泉学派

 

 三島由紀夫が二・二六事件の青年将校に強いシンパシ-を抱いていたことは既に述べた通りであるが、同じ国体護持の立場に立ちながらもこの二・二六事件における青年将校や昭和45年の三島事件を鋭く批判したのが平泉澄博士とその学派であった。二・二六事件については平泉博士は天皇大権を私する暴挙、不祥事と指弾した。有名な話であるが、当時弘前聯隊に勤務されていた秩父宮が事件の報を聞くや直ちに上京の途につかれたが、平泉博士は上野から汽車に乗って途中水上まで行き、そこで秩父宮をお迎えして秩父宮に対して自重を促されたという。

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