2020年02月28日(金曜日)
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【沖縄に命を捧げた英霊を蔑む地方自治体‼️】 〜 義烈空挺隊の慰霊碑を正しく祀らなければなりません‼️ 〜 奥本康大(空の神兵顕彰会会長)

八重山日報の1月28日の義烈空挺隊の「見出し」に驚きました。

日本兵の勇猛たたえる米軍‼️
「慰霊碑移転を要求した村‼️」

自分が言いたかったことを代弁して戴き、少し溜飲を下げることが出来ました。

義烈空挺隊は、沖縄戦を打開する為に出撃し、アメリカ軍に甚大な損害を与えていたのです。

しかし、義烈空挺隊の戦果に対して、悲惨だった」とか「失敗だった」とか間違った見方をしているのが、沖縄の真の歴史を知らない人たちなのです。

義烈空挺隊が突撃した後の状況を分析すると、安全圏と思われていた中北部を襲撃したので、アメリカ首里城司令部攻撃の手が緩み、その隙に日本軍は南部撤収を成功させたという二次的効果もあったのです。

また、読谷飛行場から北九州地区の空襲も短期間ではありますが、中断を余儀なくされたのです。
北九州で命拾いした人もあった筈です。

義烈空挺隊は英雄ともっと評価されるべき部隊なのです。

しかし、読谷村は読谷中学校建設に伴い慰霊碑を移設させたり、慰霊碑の存在を隠そうとしています。

読谷村地区にある忠魂碑や掩体壕には案内看板を設置してありますが、義烈空挺隊玉砕之地碑の案内看板はありません。

一番大切な戦争の歴史や英雄について語らず、忠魂碑や掩体壕だけを、忌まわしい大東亜戦争の歴史を物語る建造物として史跡にまで指定しています。

こんな誤った思想誘導が、義烈空挺隊が突入した地方自治体(読谷村)で罷り通っているのです。

沖縄県人は眼を醒まして欲しく思います。
多くの若者が沖縄を救うために沖縄に出撃し散華されたのです。

英霊の慰霊・顕彰をせずに、沖縄の平和、日本の真の平和は得られる筈はないと思います。

「義烈空挺隊の真実」のDVD動画を添付します。
この動画は11万件のアクセスがあり、多くの方に視聴して戴いてます。
是非、視聴して下さい。宜しくお願いします。

https://www.youtube.com/watch?v=znLoO_xXQo4