2020年02月28日(金曜日)
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【大東亜戦争開戦と東條英機元総理】

「昭和天皇は平和を望んでおられたのだが東条などの軍部が陛下の大御心を無視して戦争に突っ走ったのだ」という意見がある。これは全く誤れる議論である。

昭和天皇が平和を望んでおられたのは明白なる事実であるが、東條氏が、陛下の大御心を無視して戦争を始めたなどというのは絵空事である。昭和天皇は東條氏を深く信頼あそばされていたことは戦争直後から最近に至るまでに発表された数々の文書などによって明らかである。

 木下道雄氏(元侍従次長)の『側近日誌』によれば、昭和天皇は「東條ほど朕の意見を直ちに実行に移したものはない」と仰せになったという。東條氏は忠誠心厚き軍人であり、天皇陛下の大御心を無視するなどということは無かったと思われる。

東條氏自身東京裁判で「日本国の臣民が陛下の御意志に反してアレコレすることはありえません」と述べている。

安倍源基氏はその著『昭和動乱の真相』において「(東條氏は・注)天皇に対する忠誠心の強い軍人であったようだ。…陛下の御意志を体して日米開戦を回避するため、全力をあげた…東條内閣成立の翌月、来栖大使を米国に特派したのもこれがためであった。…(注・昭和十六年十二月一日の)歴史的御前会議終了直後における東條首相の表情を、佐藤賢了氏著『東條英機と太平洋戦争』はこのように伝えている。「東條首相に私は陛下のお考えはどうですかとたづねたら『ハルノートをごらんなってはいかに平和を愛好され給う陛下も…』そこまで言うて急に口をつぐんだ。開戦の重大な責任だから、輔弼の責任者たる自分が負うべきことに気がついたのであろう」と記しておられる。

また矢次一夫氏は『天皇・嵐の中の五十年』という松平康昌元内大臣秘書官との対談で、次のように述べておられる。「(東條氏は・注)陛下に信用されない陸軍というものに、まじめに悩んでいたと思いますね。陸相になってからの東条は、陛下の御信任を得るということのために、一生懸命努力したようです。…東條が陛下に所管事項を報告する場合、つとめて陛下が安心されるように、関連する前後の事情、将来の見通しなどについて、詳細を尽くすというふうがあったので、次第に陛下の方でも、東條を通して陸軍を見直すというふうがあったんでしょう」。これに対して松平氏は「その通りです。相当に信用しておられたようです。…九月六日の御前会議の決定ですね。あれを白紙に関して、もう一度戦争をしないよう、考え直せという陛下のお言葉に対して、…東條さんは努力したと思っていますが」と答えている。

東條氏は東京裁判においけるキーナン首席検事の「その戦争を行わなければならない。行えというのは裕仁天皇の意思であったか」との尋問に答えて、「意思と反したかもしれませんが、とにかく私の進言、統帥部その他責任者の進言によってシブシブ御同意になったというのが事実です。而して平和御愛好の御精神は最後の一瞬に至るまで陛下は御希望を持っておられました。戦争になっても然り、その御意思の明確になっておりますのは、昭和十六年十二月八日の御詔勅のうちに明確にその文句が加えられております。しかもそれは陛下の御希望によって政府の責任において入れた言葉です。それはまことに己むを得ざるものであり、朕の意思にあらずという意味の御言葉であります」と答えている。

さらにウエップ裁判長の「証人以外の何人が天皇に対し米英と宣戦するようにということを進言したか」との尋問に対して東條氏は「自衛上どうしても、戦争をやらねばならないという結論に達したのであるが、最後の決定について、私と両総長(仼杉山参謀総長と永野軍令部総長)が、直接、天皇陛下にお目にかかって申し上げた。私と両総長は『日本の自存を全うするため、平たくいえば戦争以外に生きる道はありません』と申し上げた。しかして御嘉納をいただいたのです」と答えている。

東條英機氏はさらに『東京裁判』の陳述において要旨次のように述べた。「日本は米、英、オランダ三国によって戦争の挑発に追いつめられ自衛のため開戦に至った。天皇には何ら責任はない。その理由は、天皇は輔弼の上奏に対して、拒否権を発動されぬ立場であるために、実際政治とは具体的な関係がなかった。・日本の大東亜政策を侵略と決めつけているが、世界におけるアジア大陸の侵略者こそ米英など白人であり、これを日本が解放せずして、誰が行えたであろう。対米開戦は、謀略的かつ侵略的目的のために、長年かかって計画したのではない。昭和十七年十二月一日の御前会議において、やむなく開戦を、初めて決定したのである」と。 

大東亜戦争の開戦は、アメリカのあまりに理不尽なる圧迫が原因となった実に以てやむを得ざる選択であって、東條英機首相が、昭和天皇の大御心を無視し国民の声も聞き入れず戦争に突っ走ったなどということは絶対にないのである。むしろ大東亜開戦を一億国民が双手を挙げて歓迎し歓喜したというのが歴史の真実である。