2020年04月01日(水曜日)
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【マリの喫茶室】(41) 心のバリアフリーとれいわ新選組

(1)「好奇」な目

  障害者や難病者の外出を躊躇させるのは、物理的なバリアフリーだけではない。実は、人々の「好奇な目」が嫌で外出しない人は多い。

障害者を見かけた時、「好奇な目」でジロジロ見ていませんか。

わざわざ振り返って二度見していませんか。

やっている本人たちはそれほど意識していなくても、やられた方はとても不快である。

先日も、車いすの高齢者が路線バスに乗ろうとしていた時、好奇心丸出しでジロジロ見て、車いすがバスに乗った後も外からのぞき込み、「こういう風に乗るんだ」とつぶやいてた初老の男性がいた。本人には悪気はないのだろう。でも、見られる側にとっては、とても不愉快だろうと思う。

こんなことが毎日あったら、きっと私ならバスに乗りたくなくなるだろう。

昔、「家なき子」というドラマがヒットした。当時、子役だった安達祐実が「同情するなら金をくれ」と言ったセリフが有名である。

障害者や難病の人も同じだろうと思う。上から目線の「同情」や「哀れみ」はいらない。欲しいのは、「支援」や「配慮」である。

(2)心のバリアフリー

最近は車いすユーザーも外出することが多いので、見慣れてきたのか、「車いす」というだけで、好奇な目で見る人がかなり減ってきたと思う。

また、エレベーターで開ボタンを押してあげる、さっと道を譲るなど、さりげない気遣いが自然にされるようになってきた。

段差がない、駅にホームドアがある、こうした物理的なバリアフリーは大切である、しかし、それだけでは不十分である。

身体が不自由な人が普通に街に出かけていく、周りの人間もそれを当たり前、ごく自然なこととして受け止める、困っているときには自然に手助けをする、それが当たり前にできる社会が「心のバリアフリー」だと思う。

(3)れいわ新選組

 夏の参議院選挙で一番驚いたのは、れいわ新選組比例代表で2名の重度障害者が当選したことである。難病のALS(筋萎縮性側索硬化症)の男性と脳性麻痺の女性である。

 最近は、パラリンピックをテレビで放映するので、力強い車いすテニスやスキー、陸上を見ることができる。

 しかし、障害者は実に様々で、パラリンピックに出るような健常者以上にすごい障害者もいれば、ALSの船後議員のように、手足どころか首も動かせない、食事も食べれない、言葉も話すことができない重度障害者もいるのである。

 彼らは、何度もテレビの前に現れた。当選直後に船後議員が、テレビカメラに向かって、「私を見てください。」「障害者に必要な支援を訴えていきたい。」と語ったのは印象的だった。

これに対して、障害者をテレビで見世物のように映すなという意見がネットに出ていた。これは違う、彼らは、障害者の広告塔として、自ら進んでテレビカメラの前に立ったのである。「好奇な目」で見られることを覚悟している。実に勇気ある行動である。

船後議員がテレビカメラの前に立ち、必要な支援を訴えることで、社会が障害者も自分たちと同じように生きていることに気づき、その存在に慣れていく。理屈ではない。人々の慣れが「好奇な目」を無くしていく一番の近道だと思う。船後議員は自らその役を買って出て、社会の好奇な目を一身に集めてくれた。

 最近も、バイオリニストの女性がALSになったとテレビで告白していた。そう、難病は誰がなるのか分からないのである。

 私の友人も神経難病にかかり、つい最近亡くなった。美人で賢い人だった。まだ若かったのに、あっという間に病気が進み、しばらく車いすで生活していたが、亡くなってしまった。

 難病も障害も、他人事ではない。誰もがなる可能性がある。にもかかわらず、動物園の珍獣を見るような目で見るのはもうやめよう。

特に子供は残酷である。自分の子供が他者に対してそういう振る舞いをしていないか今一度注意してほしい。親はみな自分の子供が学校でいじめられていないかと心配しているが、いじめられる子より、いじめている子の方が多いのである、しかし、自分の子が加害者側に回っていることは想像しない。

 

 船後議員には、これからも、障害者の代表として、国会だけでなく、街のバリアフリーを訴えて、社会の物理的なバリアとともに、心のバリアを溶かしていくことを期待する。

 

(うさぎには偏見がない)