2019年11月12日(火曜日)
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【台湾は日本の生命線】 即位礼正殿の儀で見られた政府の中国迎合と台湾侮辱  永山英樹(台湾研究フォーラム会長)

畏くも 天皇陛下におかせられては10月22日、即位礼正殿の儀において御即位を内外に宣明あそばされ、「国民の叡智とたゆみない努力によって、我が国が一層の発展を遂げ、国際社会の友好と平和、人類の福祉と繁栄に寄与することを切に希望いたします」との詔を下された。

 

「国際社会の友好と平和、人類の福祉と繁栄に寄与する」ため「叡智とたゆみない努力」をとのこの御言葉を拝し、改めて日本民族の使命とは何かを指し示されたかのようで恐懼の至りである。

 

そして、私はそうした思いから、今の政府は大御心に沿い奉ることはできないと考える。少なくともその中国覇権主義への迎合ぶりを見ればである。なぜこのようなこのたびの儀式を巡り、中国の顔色をうかがいながら、何の罪もない台湾を侮辱する挙に出たのか。

 

■日本と喜怒哀楽を共にする台湾

 

私はつねづね、台湾が親日国とされるのは間違いないと感じる。何しろ多くの台湾人は日本への関心が高く、例えば日本で話題になることは、しばしばあの国でも話題になるなど、まるで日本人と喜怒哀楽を共にしてくれているようだ。

 

このたびの 天皇陛下の御即位を受けても、台湾ではお祝い気分が広がっている。

 

即位礼正殿の儀の当日には、蔡英文総統もツイッターで日本語の祝辞を書いている。

 

――― 天皇陛下の即位礼正殿の儀に際し、衷心よりお慶びを申し上げます。令和の代も幾久しく佳き時代になりますようお祈りいたします。

 

―――今日東京の空にかかった虹のように、台湾と日本の絆がますます美しく強まることを心より祈念いたします。

 

このように、あの日に見られた突然の「天皇晴れ」や虹は台湾でも、メディア各社が大きく報じ、感動を広げていた。

 

即位礼正殿の儀に台湾を代表して参列した謝長廷駐日代表(駐日大使)も、フェイスブックで次のような感想を日本語で綴っている。

 

――― 日本の天皇即位礼正殿の儀が行われました。私は早めに会場に着きましたが、そのときはまだ風雨が強く、私の横に座っていた外国の来賓の方は「雨が降って残念です」と話していました。私は心の中で、こんなに重要な歴史的一日なのだから、もし後で突然晴れて太陽の光が差し込めば、暗い雲を一掃して明るく喜びに満ちたお祝いができるのになあと考えていました。

 

―――式典が始まるとまもなく、ガラスの外のあるカメラマンの服が反射して光っているように見えました。体を伸ばして前方を見てみたところ(私は中段に座っていました)、太陽の光が室内に1メートルほど入りこんでいるのが確認でき、一列目の来賓や床にも光が届いていました。何という「偶然」か、本当に素晴らしい演出となりました。

 

―――会場を離れた後、友人から次々と、さまざまな角度から撮影した虹の写真が送られてきました。蔡英文総統も東京の空にかかった虹についてツイートしているのを見ました。本当に喜びと祝福をもたらした陽光でした。

 

読むと日本人として何とも心嬉しくなる文章ではないか。このように日本人とともに慶びを共にしてくれる台湾という隣国の存在は、実にありがたいことだと思う。しかしそれだけに一層、我が政府の台湾への非礼には憤りを禁じ得ない。

 

多くの国民は気づかずにいるが、政府は、謝長廷氏の参列を事前に公表しなかったのだ。更には台湾側にも、公表を差し止めていた形跡がある。要するに台湾併呑の国家目標を掲げ、日台の政府交流を強く警戒する中国への配慮で、台湾代表の参列の隠蔽を図ったのである。これは2300万人の台湾国民に対する侮辱でもある。

 

■当初から懸念された政府の台湾排除

 

即位礼正殿の儀に先立ち、台湾支持者の間では、台湾の代表は参列できないのではないかと懸念する声が広がっていた。なぜなら何の報道もなかったからだ。外務省発表の参列予定国の名簿にも台湾代表の名はなかった。そのため多くが「また中国に配慮した台湾排除か」と疑った。

 

これまでもそうした台湾排除はあったのである。近年の事例を挙げれば、7年前の政府主催の東日本大震災一周年追悼式で、台湾代表として出席した駐日代表処(大使館に相当)の副代表が各国代表の座る来賓席ではなく、非礼にも企業・団体関係者の席に座らせるということがあった。

 

中国が同席を嫌うためである。いや「同席を恐れるため」というべきか。台湾併呑を正当化するため、「一つの中国」を掲げるあの国は、もし台中の代表が台頭に列席すれば、「一つの台湾、一つの中国」という現状が明らかにされるため、そればかりは許容できない。そこで政府はこうした侵略主義に迎合し、敢えてこのような非礼行為に及んだのだ。

 

この行為は直ちに国会で批判され、翌年以降の追悼式では台湾代表は各国代表と対等な待遇を受けている。その代わり中国は毎年、欠席を続けている。

 

現在、日中関係の改善を急ぐ政府にとり、こうした中国のボイコットは、即位礼正殿の儀では何としても避けたいと思わないはずがない。だからこそ今回、多くの人々が「また台湾排除か」と懸念したのである。

 

■口止めされた台湾代表の参列

 

台湾の外交部報道官が「我が国を代表し謝長廷駐日大使が参列する」と発表したのは、儀式開始(日本時間22日午後1時)とほぼ同時刻だった。実は謝長廷氏は数日前、台湾メディアに自身が参列することを密かに漏らしていたが、それが報じられなかったのは台湾政府が口止めしたからだろう。もちろんこうした異常と言える「緘口令」のもともとの出元は、中国の反撥を恐れる我が国政府以外に考えられない。

 

報道官によれば「我が方は即位正殿の儀が行われるとの情報に接した以降、日本側とは緊密に連絡を取ってきた1990年の儀式でも駐日代表が出席しており、その前例に従った」とのことだ。しかし気になることにも触れた。つまり「謝長廷は晩餐会(饗宴の儀)には出席しない。台日には外交関係がないことに配慮した」と。

 

台湾側が「外交関係がないことに配慮」したというのか。実際には我が国政府が「中国に配慮」しただけだろう。これは明らかなる「台湾排除」だ。

 

事実、報道官は「即位の儀に参列することに重大な意義がある。外交部としては今後も努力し、日本との各領域における友好関係、パートナーとしての協力関係を全面的に深化させて行きたい」と述べている。日本の不当な要請に妥協せざるを得なかった自らの力不足を恥じるかのように。

 

■愚劣な媚中悔台の振る舞い

 

外務省発表の名簿に台湾の代表者の名が載らなかったのは、外務省が正式な招待状を台湾に出していなかったためだという。そこで翌23日、産経新聞記者が外務報道官にその理由を質問すると、次のような説明が聞かれた。

 

「原則として我が国が承認している国、欧州連合及び国際連合に対して招待するという形。その他については先方からの希望も踏まえながら個別に検討するというスタイルをとった」

 

まるで台湾側から参列の「希望」があったから非公式に招待したと言わんばかりではないか。報道官は「中国への配慮」とは言わなかったが、しかし産経はその翌日、こう報じている。

 

―――政府は「一つの中国」の原則に立つ中国への配慮から、台湾の代表者を正式には招待しなかったが、日台の友好関係を踏まえ、謝氏を来賓として接遇した。

 

―――中国が反発し、祝賀ムードに好ましくない状況が生まれるのを回避するため、台湾の代表者の参列を積極的に公表しなかった可能性がある。

 

そういうことなのだろう。しかしこうした愚劣な媚中悔台の振る舞いが、皇室による媚中であり悔台であると誤解されかねないことを、政府は理解していないのか。

 

台湾紙中国時報も23日、「謝長廷の大典出席は有実無名」と題する記事で、こう指摘する。

 

―――日本政府は来年習近平を招くことになっている。王岐山も今回、習近平の特使として訪日した。日中関係が改善されようとする中、たとえ安倍政権がいかに台湾に友好的だといっても、外務省は大陸(中国)の主張する「一つの中国」原則を尊重し、日本の国益を最優先にした。

 

「国益を最優先」したと言うが、それが事実なら、やはり政府の国益の追及の仕方は何とも短絡的であり、長期的戦略というものが欠けている。中国覇権主義の軍事的脅威の日台は生命共同体であるが、なぜここまで敵性国家に迎合し、得難き友邦を足蹴にしてしまうのか。

 

政府はこれほど良識が麻痺してしまっているのである。これは中国に媚びる国や人が見せる独特の「症状」だ。このように良識も自尊心も棄てなければ、とてもあの「悪の帝国」とは付き合えないという訳だが、それでいい訳がないのである。

 

■台湾が日本の非礼に耐え忍ぶ理由

 

今回、まさに日陰者扱いを受けた台湾だが、台湾国内では「なぜ事前に発表しなかったのか」と自国政府に批判の声が上がったようだ。そのため謝長廷氏は25日、フェイスブックで釈明を行っている。

 

これを読むと、なぜ台湾政府が日本による非礼な扱いに耐えているかが理解できるのではないか。その釈明の一部を以下に抜粋しよう(原文は漢語)。

 

―――メディアから「我が駐日代表が天皇の即位の大典に参列することをなぜ事前に公表しなかったのか。なぜ事後も写真を見せないのか。(駐日代表処の)広報部も詳細を把握していないのか」と恨み言を言われた。この点に関しては、メディアにはお詫びしたい。

 

―――日本と我々との間には正式な外交関係がない。だから考えてほしい。もし私が事前に高調子で出席するなどと公表したら、中国は間違いなく日本政府に抗議しただろう。福岡祝辞問題(註)の時と同様に、日本政府は中国メディアの質問を受け、「日本政府は駐日代表に招待状を送っていない。台湾とは民間交流を維持するとの立場に変りはない」と答えることになり、(台湾)国内で「日本に嘘をばらされた」「参列したなど嘘だ」「対面ばかりこだわり、恥をかいた」などと騒ぎ立てられたことになるだろう。

 

(註)今年10月、安倍晋三首相は台北駐大阪経済文化弁事処(総領事館)福岡分処が福岡市内で開催した双十国慶節の祝賀会へ祝電を送ったが、それが会場で披露されるや、日本政府は中国もメディアからの質問に対し、その事実を否定した。そのため福岡分処は台湾国内で(後に安倍氏の地方事務所安倍氏の祝電をでっち上げたなどと批判された。

 

―――現在、台日交流は民間組織の形式で行われており、日本政府から直接招待状を受け取ることができないのは事実である。しかし私が参列したのも事実である。これが台日関係の微妙な現状なのだ。

 

―――中国が全力を挙げて台湾に圧力をかけ、そして併呑しようとしている。こうした脅威の下、我々にとり米国や日本との関係が特に重要となっており、全力でそれらとの友好を進めることは、台湾の全体的利益に適っている。しかしそれらとの国交がない現状では、中国は随時抗議を行えても、我々には名分がなく不利であり、低いトーンでしか動けない。だから何か実績を上げても公表ができず、逆に失敗するとすぐに宣伝されてしまう。

 

―――これは全て、中国による統一を望まない国民の意思を貫徹するため、我々が払わざるを得ない代価なのである。だから外交官はこれを辛いと思ってはならない。少なくとも私は、もし香港のように統一されれば、将来の子孫たちが払う代価は、更に大きくなることを知っている。

 

謝長廷氏が語る日台関係の「微妙な現状」とは要するに、①台湾が日本と目立った交流を進めれば、中国が日本を非難することになり、②日本はその圧力に屈して台湾との交流を嫌うようになり、③日本の協力を得られなくなった台湾は、中国に統一される危機が更に高まるため、④台湾側は時には日本からの不条理な仕打ちにも、耐え忍ばなければならない、ということだ。

 

■台湾が日本を守っていることを知れ

 

ところが日本政府は、台湾がこのように「下出」に出るため、明らかにいい気になっているではないか。今回の傲慢な「台湾排除」も、実はそういうことなのである。大きな者に仕える卑屈な人間は、往々にして小さな者には傲慢になるものだが、中国に迎合して、台湾を平然と足蹴にする今の政府は、まさにその類といえよう。

 

米国もまた、時にはやはり日本と同様、中国への配慮で台湾を日陰者扱いにしてきた。しかし日本ほどひどくはない。例えば日本は台湾総統の入国を断固受け入れようとしないが、米国はそれを許している。そして何より、米国はその軍事力で、しっかりと台湾の国防を支えている。武器の売却を行っているし、台湾有事の際は台湾救援に向かう態勢である。

 

しかし日本はどうか。日本は米国のように台湾を守っているだろうか。確かに日本は日米同盟を構成する一国であり、台湾有事では台湾を支援することになるのだが、しかし日頃日本は「台湾を守っている」というより、「台湾に守られている」といった方が正しいだろう。

 

台湾という対中国最前線における「砦」があってはじめて、日本の平和が確保されているからである。台湾は中国に併呑されるのを恐れ、日本には低姿勢であるわけだが、しかしもし台湾が併呑されて属領と化せば、東亜は瞬く間に中国の勢力範囲となり、日本もまたあの国の属国へと転落することだろう。ところがすでに良識を失った政府は、そのことすら気づかずにいるようだ。

 

令和の御代の幕開けにあたり、日台関係の改善を訴えたい。日本が中国を過度に恐れるのをやめればいいだけのことだ。蔡英文氏の言葉を借りるなら、ただそれだけで「東京の空にかかった虹のように、台湾と日本の絆がますます美しく強まる」ことになるだろう。

 

「国民の叡智とたゆみない努力によって、我が国が一層の発展を遂げ、国際社会の友好と平和、人類の福祉と繁栄に寄与する」との大御心を奉戴したい。