2019年06月20日(木曜日)
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【連載第29回 中朝国境の旅】  ―こっちを見る人― 野牧雅子(宮塚コリア研究所研究員)

 今年から、新しい年号が制定され、別の年号が使われる。私が初めて中国へ行ったのは平成一九年八月一三日である。随分年月がたった。これからは、「私が中国へ行ったのは平成時代だった」と語ることになる。初めて中国に行った時、予定では八月一三日から一八日まで中国に滞在することになっていたのだが、延吉空港で発券カウンターのお姉さんから、「あなた方のチケットは使えない。」と言われ、滞在を二一日までのばさなければならなかった。日本から延吉空港に来る時、韓国の仁川空港で一旦降りて、延吉空港行きの飛行機に乗ったのだが、その時、私達の航空券をチェックしたアシアナ航空のお姉さんがミスをした、と言うのが、帰国後に聞いた理由だった。韓国のアシアナ航空のミスよりも、延吉空港のスタッフのあの時の態度の憎たらしいことを、私は今でもよく覚えている。カウンターのお姉さんが「私は知らない。これでは受け付けられない。」と繰り返すだけで、夫に怒鳴りつけさえし、しばらくすると、夫の話が聞こえない振りをし始めた。さらに、カウンターの奥にいる男性スタッフらが、私達を指さしてゲラゲラ笑っていた。中国とは、こういうところらしいな、と私は思った。

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