2018年12月16日(日曜日)
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「大東亜戦争、失われた真実」    「空の神兵」顕彰会会長 奥本康大

昭和十六年十二月八日、大東亜戦争が始まった。日本の大義は、世界から人種差別を撤廃することであり、大東亜共栄圏の確立であった。開国後の日本にとって、日清・日露の戦争は、独立を護る為に避けては通れない道であった。だが後進国日本の台頭は、アメリカはじめ西欧列強の脅威となっていた。そんな中、第一次世界大戦後の講和会議(パリ・ベルサイユ)で、日本は人種差別撤廃を唱えたのだから、諸外国は面白くなかったのも無理もない。
スペイン、オランダ、イギリス等は、多くの有色人種の国を植民地として支配し、宗主国と称して、搾取をし続けていたのである。(酷い国は三百年、四百年もの間、アジア、アフリカ諸国を植民地支配していたのである。) 現在の日本人に植民地の歴史を知らない人が増えている。実に嘆かわしいことである。歴史に学び、自信と誇りを取り戻さなければならない。
 
日本は、開国後、瞬く間に西欧列強に肩を並べたのだが、面白くないアメリカは、この頃から日本を仮想敵国として捉え、攻略のシナリオ(オレンジプラン)を策定し始めたのである。(このプランは何度も改訂されていた。)
アメリカの日本攻撃は、大正十三年、「排日移民法」の施行、昭和十四年、「日米通商航海条約」の一方的破棄、昭和十五年 「屑鉄」の禁輸断行、昭和十六年七月 「在米資産」の一方的凍結、昭和十六年八月 「石油の完全禁輸」 、昭和十六年 アメリカの蒋介石支援 「航空戦力に関する援軍協定」 (フライングタイガーによる日本軍攻撃(十月、昆明付近))と続くのである。
明らかに欧米列強による日本潰しである。
昭和天皇は苦渋の選択をされ「開戦の詔勅」を発せられたのである。最早、植民地になるのか戦うかの選択でしかなかったのである、(自存・自衛の戦いが「大東亜戦争」だったのだ。)
 
大東亜戦争緒戦は日本軍の快進撃が続いた。連戦連勝であった。西欧列強からアジアの植民地を次々に解放していったのである。アジアの人々は驚愕した。
同じ有色人種の兵隊が、白色人種を追い払ったのだから無理もない。残念ながら物量に勝るアメリカ軍に日本軍は敗れた。しかし大東亜戦争終結後に有色人種の国民は立ち上がったのである。再び植民地しようと乗り込んできた宗主国と戦い、独立を勝ち取ったのである。その独立の機運はアジアだけに止まらず、中東諸国やアフリカまで波及していった。「植民地」という言葉を死語にしたのは日本だと言っても過言ではない。
日本が唱えた「人種差別撤廃」を実現したのだから、日本は大東亜戦争に勝ったのである。ある評論家は「日本は戦闘では負けたが、戦争には勝った。」と公言されているが、正しい評価だ。もし大東亜戦争を日本が戦わなかったなら、日本はアメリカの植民地となったであろう。また東南アジア他世界の植民地も、未だ白色人種に支配されていたのではないだろうか?
日本人は東南アジアの国々から尊敬されているが、アメリカ占領政策により「勝ち戦」は封印され、「負け戦」をだけを教えられ、日本人の自虐史観が増殖していったのである。困ったことである。
 
  「日本は侵略国家ではない。」 歴史を紐解けば容易に解明できることが、学校で教えられたことを鵜呑みにして自国の歴史を学ぼうとしない国民が増えている。近隣諸国から「侵略国家」だと言われてオタオタと謝っていては、日本の将来はない。常に毅然たる態度で臨まなければならない。日本人は間違った戦争などはしていない!と。
悲しいかな、大東亜戦争に命を賭して参戦した我々の父祖の功績が忘れ去られようとしている。
こんな思いが募り、標題と同じ書籍を上梓した。ジャーナリストの葛城奈海さんとの共著であるが、
南の島で散華された多くの将兵の「思い」を後世に伝えなくてはならない。これは現代を生きる日本人の責務である。
 

以 上