2018年11月17日(土曜日)
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【天皇御製に学ぶ 第二十六回】   四宮政治文化研究所所長 四宮正貴

白河天皇御製
 
咲きにほふ 花のけしきを 見るからに 神のこゝろぞ そらにしらるゝ 
 
 第七十二代白河天皇は、後三条天皇第一皇子。延久四年(一〇七二)ご即位。ご在位十三年。応徳三年(一〇八六)に皇太子(堀河天皇)にご譲位。『後拾遺和歌集』『金葉集』の撰進を下命された。
 白河天皇は、院政を創始した方であらせられ、「治天の君」と讃へられ、『源平盛衰記』には「賀茂の水、双六の賽、山法師」の三つのほかは何事も上皇の意のままであるといふ「天下三不如意」といふ話も伝へられてゐる。
 
 この御製は、『新古今和歌集』 巻第十九所収の神祇歌。「熊野へ詣(まう)で給ひける時、道に花の盛りなりけるを御覧じて」との詞書がある。
「美しく咲いてゐる桜の花の様子を見るにつけ、護り導いて下さる熊野権現の神のみ心が、空のありさまからそれとなく推しはかられることだなあ」といふ意。
 白河天皇の「熊野御幸」は九回に及んでゐると承る。天皇の熊野権現への御参詣即ち「熊野御幸」の最初ともされてゐる。
色美しい桜の盛りを、熊野権現の恵みの表れとご覧になり、喜び祝はれた歌。
 
 熊野本宮大社の神域にこの白河天皇御製碑が建てられてゐる。秩父宮雍仁親王勢津子妃殿下の書である。
また、後鳥羽上皇御製碑も建てられてゐる。
 
「はるばると さかしきみねを わけすぎて おとなし川を けふみつるかな」
 
と刻まれてゐる。「おとなし川」とは本宮の旧社地近くを流れている川。後鳥羽上皇の熊野行幸は、建久九年(一一九八)八月の以降、二十八度に及ぶと承る。
 熊野本宮大社の御祭神は熊野坐大神(くまのにますおおかみ)と申し上げ、熊野に鎮まりまします大神といふ意である。本社には十四柱の神が鎮まってゐるが、その総称を熊野坐大神と申し上げる。十四柱の神々の主祭神は家津美御子大神(けつみみこのおおかみ・須佐之男命の別名)。「ケ」は食物を意味する言葉であるから穀霊神と見てよいといふ。
 
 この神は熊野奇霊御木野命(くまのくしみけぬのみこと)とも申し上げ、木の御神霊である。紀伊の國は木の國であり、山に覆はれ木が生ひ茂る國である。
また熊野の「クマ」とは「神」の意であると言ふ。つまりこの神社に祭られてゐる神は太古より信仰された紀伊の國の樹木の神霊と申し上げてよいと思ふ。その信仰が大和朝廷の神話の神であられる須佐之男命と融合したのであろう。
 
 さらに熊野の「クマ」は、「奥まった隅の所」といふ意でもある。地理的に熊野は大和から見るとまさに「奥まった隅の所」である。そこは神秘的な所であり神のゐますところと信じられたのである。
 
 そして『日本書紀』では、伊耶那美命が亡くなってから葬られた地が熊野であるとされてをり、熊野は夜見の國(あの世)そして常世(永遠の理想郷)に近いところと信じられた。なほ『古事記』では伊耶那美命は出雲の國に葬られたとある。出雲にも熊野神社がある。紀伊國と出雲とは日本伝統信仰において深いつながりと言ふか共通性がある。伊耶那美命はこの神社では熊野牟須美大神(くまのむすみのおおかみ)といふ御名で祀られてゐる。
 
 また、『古事記』によると神武天皇が熊野に上陸されると、「大きなる熊、髪(くさ・草のこと)より出で入りしてすなはち失せぬ」とある。
 熊野本宮大社の御鎮座は神武天皇御東征以前と伝へられ、第十代崇神天皇六五年に社殿が創建されたといふ。また奈良時代より修験道(神仏混淆の山岳修行道)の行場であった。そして、平安時代には仏化(寺院になったといふこと)した。熊野本宮大社は、熊野水軍を統率し源平の戦ひに参加したくらいであり、その権勢は國守や領主を凌いだといふ。南北朝時代は吉野朝(南朝)に忠誠を尽くした。 
 
 熊野三山は御歴代の天皇の御崇敬篤く、第五九代宇多法皇(延喜七年・九0七年に行幸)より第九十代亀山上皇まで、上皇、女院の熊野行幸は百余度の多きに達した。鳥羽上皇二十八度、後白河上皇三十四度、後鳥羽上皇二十八度に達している。熊野への行幸は往復二十数日を要する難行苦行の旅であった。かうした皇室の崇敬は、熊野水軍といふ勤皇の海軍団が生まれた事と密接な関係があると思はれる。
 
 何故このやうに皇室の御信仰が篤かったのか。それは太古の昔から熊野が聖地として仰がれてきたと共に、神武天皇が橿原に都を開かれる前に熊野の地を通られたこともその理由の一つであると思はれる。
 
 また中世期に入ってから末法思想が盛んになり、浄土への憧れが強くなったことが、常世・浄土の入口と信じられた熊野への信仰が平安から鎌倉時代にかけて最高潮に達した原因であらう。
 要するに熊野信仰には、山・森林への自然信仰と、他界信仰(常世への憧れの思想)といふ日本の伝統信仰が凝集してゐるのである。