2018年11月18日(日曜日)
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日本を真の独立国に   玉川博己(三島由紀夫研究会代表幹事)

 5月の米朝首脳会談でトランプ大統領が金正恩に対して日朝関係の大きな問題として拉致問題があることを提起した、ということを日本の政府与党、保守派の人々は手放しで喜んでいた様子であった。それ自体今後の日朝交渉に対する援護射撃になることは否定しないが、日本が米国の属国ではなく真の独立国家であるならば、日本国民が外国によって拉致(正確な表現は「人さらい」「誘拐」である)された犯罪行為、言い換えれば日本に対する主権侵害であり、侵略行為を先ず自らの問題として解決することが筋ではないか。すなわち、日本政府は自国民の奪還を外国政府に頼ること自体本末転倒である。国防上の自衛権発動も警察権行使も独立国家なら基本的権利としてもっているはずだ。それがなにもかもアメリカ頼みとは余りに情けない話ではないか。結局戦後占領期を経ていまだアメリカの従属国から脱却できていないのである。
 
 昨年11月トランプ大統領一行が来日した際、彼らは羽田でなく横田基地にやってきた。彼らは入国審査もなくパスポート提示もなくそのまま都心へ向かったのである。逆に出迎えの日本政府高官や自衛隊高級幹部は横田基地に入る際、身分証明書の提示とボディチェックを求められたという。こんな馬鹿げたことがあろうか。横田基地といえども日本領土である。この問題を指摘したマスコミも野党も全くいなかった。この問題の根本原因は日米地位協定にある。日本と同じくかつての敗戦国であるドイツにも、イタリアにもNATO条約に基づく米軍が駐留しているが、独伊が米国と結んでいる地位協定では、米軍基地内にはそれぞれ独伊の国内法が適用され、独伊は必要に応じて基地内への立ち入りの権利も認められている。これに対して日米地位協定では、米軍基地には日本の国内法は適用されず、日本政府には基地内への立ち入りも認められていない。とくに米軍基地が多く点在する沖縄では、頻発する不良米兵による犯罪に沖縄県警もその対応に苦慮しているのである。沖縄の基地問題においてまずなすべきことはこの日米地位協定の根本的見直しである。沖縄戦において沖縄県民は軍に協力してアメリカ軍相手の壮絶な国土防衛戦を戦い、多くの県民が犠牲となった。昭和47年ようやく沖縄は本土に復帰したものの、依然日米地位協定は改訂されず、多くのアメリカ軍基地が治外法権の下に存在しているのである。与野党も普天間だ辺野古だと言う前に日米地位協定の根本的改訂に議論をなすべきである。
 
 独立国であるはずの日本、そしてその首都東京の周辺には横田、横須賀、厚木などの巨大な米軍基地が存在する。しかも横田なら米第五空軍司令部があって、そこに空自の航空総隊司令部が居候のような形で存在している。横須賀ならかつての我が帝国海軍の基地であった主要な施設群は米第七艦隊が占有・使用している。かつて多くの戦艦、空母を建造した栄光の横須賀海軍工廠は現在米軍の修理施設になっている。自衛艦隊司令部をはじめ海上自衛隊は横須賀の船越、西逸見、長浦などの地域にある。いわば母屋を取られた状態である。厚木またしかり。日本が戦後の貧困弱小の国の時代であるならともかく、今や世界有数の経済大国となり、自衛隊の装備も飛躍的に増強されているのに未だ「米軍の弾除け」いいかえれば植民地軍的状態に甘んじているのは何故か。日本国憲法はいまだ改正されず、自衛隊は建軍の本義も与えられないまま、軍隊か警察か分からない組織のままである。政府・自民党が進めんとしている加憲改正案は憲法九条の第1項と第2項をそのままとしたまま、第3項に自衛隊の保持を明記するというものである。第2項で軍隊の保有と交戦権を否定したままでの自衛隊とは一体何であろうか。国家主権の発動としての交戦権を具体的に行使するのが独立国の軍隊であるとすれば、軍隊でもなく交戦権を認められない自衛隊とは何なのか。手足を縛られたままの自衛隊に政府・国民はいざというときには国のために死んでくれと言っているのだ。尖閣諸島だって自衛隊が守ってくれると思っている。話の順序が逆ではないか。まず自衛隊に軍隊、武士としての名誉を与えることが先決である。
 
 政府与党も野党もシビリアンコントロールを強調する。しかし長年自衛隊の健全な発展を阻害してきたのは政治家どもであった。昭和40年代後半海自の次期対潜哨戒機は国産で生産されることに決まっていたのに、これを覆したのはロッキードから賄賂をもらった時の首相田中角栄ら政治家であった。昭和60年代やはり国産の方針が決まっていた次期支援戦闘機を米国に阿って日米共同開発という方向に捻じ曲げたのはやはり自民党の政治家達であった。現在の政府与党もまた米国製品の輸入増大を主張するトランプ大統領に「忖度」して、多くの兵器を米国製の丸ごと輸入しようとしている。本来純軍事的見地から検討されるべき防衛装備調達を、日米貿易摩擦問題解決の政治的犠牲として供しようとしているのだ。お陰で日本の防衛産業は、先細りか壊滅の危機を迎えている。シビリアンコントロールとは政治家が防衛にかかる利権をわがものとし、国家の利益よりも私益を第一に考えることなのであろうか。
 
 三島由紀夫は最後の「檄文」において「自主性を回復せねば、左派のいふ如く、自衛隊は永遠にアメリカの傭兵として終るであらう」と述べている。日本を守るのは日本自身の責務であり、日本国民は国防の義務を負い、その具体的あらわれとして自衛隊を名誉と栄光ある日本国軍となすべきことを我々日本国民が自覚し世界に宣言することである。憲法改正はこの大前提のもとに進められるべきである。