2018年08月19日(日曜日)
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今こそ「檄文」の精神に回帰せよ~憲法改正問題をめぐって 玉川博己(三島由紀夫研究会代表幹事)

今こそ「檄文」の精神に回帰せよ~憲法改正問題をめぐって
玉川博己(三島由紀夫研究会代表幹事)

 
 三島由紀夫先生は今から四十八年前あの市ヶ谷台上決起において、その最後の「檄文」の中で「自衛隊は敗戦後の国家の不名誉な十字架を負ひつづけて来た。自衛隊は国軍たりえず、建軍の本義を与へられず、警察の物理的に巨大なものとしての地位しか与へられず、その忠誠の対象も明確にされなかった。」と血の叫びで戦後日本の根本的な矛盾を訴えられ、憲法改正によって自衛隊を建軍の本義を持つ真の国軍たらしめる必要性をその生命を擲って主張されたのである。
 
 ここ近年来政府与党が国会の議席の三分の二を獲得するに至ってようやく憲法改正の機運が醸成されてきたように見えるが、昨今の議論は憲法に自衛隊を明記することが最優先、乃至自己目的化しており、肝心の自衛隊はどうあるべきか、という本質的議論が抜け落ちているのである。
 
 今政府与党で議論されている、憲法九条第一項と第二項はそのまま維持して自衛隊保持を明記した第三項を追加する加憲改正案は、自衛隊と自衛隊員を発足以来悩ませてきた根本的矛盾をそのまま放置する弥縫策に過ぎない。
現行憲法はその条文の通り、如何なる武力の保持もまた国家の基本権利である交戦権も否定している。現憲法は独立国家としての日本を否定している。そもそもこの憲法をつくったGHQの狙いが、日本を永遠に米国に刃向うことのない丸腰の奴隷国家の状態に置こうとしていたことは言をまたない。三島由紀夫先生は「憲法は日本国民に死ねと言っていることと同じ」と言われたが、正に至言である。戦後日本の道義の頽廃は、憲法とそれと相反する自衛隊と日米安保体制の矛盾を日本国民が矛盾と自覚せずに、ずっと放置したままにしてきたことにその根源がある。
 
 三島由紀夫先生は最後の「檄文」において「国体を守るのは軍隊であり、政体を守るのは警察である。」と述べられ、更に「日本の軍隊の建軍の本義とは、『天皇を中心とする日本の歴史・文化・伝統を守る』ことにしか存在しないのである。」と、正に日本国防の本質を端的明快に述べられている。
 
 中国人民解放軍の建軍の目的が中国共産党とその支配体制を守り、あるいはその対外的膨張侵略を遂行することにあるのであれば、わが日本国軍の目的は、その侵略から祖国日本を守り、日本の歴史と文化と伝統、すなわち日本の国体を守ることであり、その根源は天皇に帰一することになるのである。政府与党の改憲論や国防論にはこの本質論が欠けているのである。
 
 いまあらためて三島由紀夫先生の最後の「檄文」の精神に立ち返り、本質論的な憲法改正と自衛隊の名誉ある新国軍への再編強化を訴えたい。