2018年11月18日(日曜日)
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なるほど納得政経塾⑳ 「経済発展と無知の進行」 神奈川大学経済学部教授 経済学博士 小山和伸

なるほど納得政経塾⑳
「経済発展と無知の進行」
神奈川大学経済学部教授
経済学博士 小山和伸

 
 前回において、社会的分業の進展が経済発展をもたらすプロセスについて説明したが、今回はこの分業の進展が我々の無知を進行させているという、皮肉な現象について考えてみよう。
 
 前回説明したように、分業が経済発展を促進させる第一の理由は、分業によって特定の人々が特定の仕事に特化すると、そのために異質な仕事に携わる手間や煩わしさを避けることができるからである。第二の理由は、特定の人々が特定の仕事にだけ関わっていると、特定の種類の仕事を繰り返す回数が増えるために技能が向上し、より効率的に上質な仕事をやり遂げることが出来るようになるからである。
 
 逆に言えば、より高度な仕事をより効率的に成し遂げようとすれば、仕事の範囲を狭く限定しなければならない。人間の合理性には限界があるから、要するに浅く広い範囲の仕事をするか、深く狭い範囲の仕事をするかを選ばなければならない。例えば、特定の病気について深い知識を持つ専門医は、専門以外の病気については無知にならざるを得ない。
 
 地方の寒村等にある医院には、ちょっとした怪我や腹痛、風邪や腫れ物、目のかすみから鼻づまりに至るまで、何でも診てくれるような医師がいることが多い。それは、寒村の人口が少ないので、例えば重篤な心臓病に対応できる循環器系の専門医がいても、ほとんどいつでも患者がゼロという状態になる。それはその他の専門医も同じことで、これは市場圏の狭い村では婦人靴の専門店を出しても顧客はほとんど無く、商店は「よろず屋」でなければ商売にならないのと同じである。
 
 狭い専門領域に高度な技能を持つ専門医は、大きな患者市場圏を抱えた、都市部の大病院に詰めていなければならないのも、高級品を扱う専門店が交通網を通じた広い市場圏を抱える都市部に立地していなければならないのと同様である。
 
 かくして、社会的分業は文明の発達を促し、さらなる文明の発展のためには分業の細分化が必要とされてきた。ところが、こうして分業の細分化が進むと、異なる専門分野に関してはほとんど無知な専門家集団が生まれてくる。たとえば、薬学の専門家達は何故パソコンが大容量のデータを記憶できるのか、そのメカニズムを知ることなくパソコンを利用して、新薬の開発に専念している。他方、エレクトロニクスの専門家集団は、風邪薬が何故風邪に効くのかを全く知らないままそれを服用し、新型パソコンの開発に専念している。
 
 文明人は、ハイブリッド車が走るメカニズムを知ることもなく、またジェット機がなぜ飛ぶのかをよく知ることもなく、あるいはコピー機でなぜ複写ができるのかを知らず、その便益を享受している。すなわち他人の知識と経験、言い換えれば膨大な試行錯誤と失敗体験の上に、いわばただ乗りをする特権を有しているのが文明人であると言って良い。
 
 合理性に限界のある人間は、各人が専門的に考える範囲を限定し分業することによって人間社会を進歩させてきた。そして、社会の進歩は益々分業を要求し、分業は細分化されながらさらに社会を発展させてきた。しかしこうした文明社会こそ、各人が自分達の住む社会について実はほとんど何も分からないという、大部分的無知を進行させ続けている社会なのではないだろうか。