2018年08月16日(木曜日)
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【防衛最前線】北方領土問題と大学入試センターの不作為 拓殖大学地方政治行政研究樹附属防災教育研究センター 副センター長・客員教授 濱口和久

【防衛最前線】北方領土問題と大学入試センターの不作為
拓殖大学地方政治行政研究樹附属防災教育研究センター
副センター長・客員教授 濱口和久

 
政府が「帰属未定」と主張する南樺太について、1月13日に実施された大学入試センター試験の日本史Bで「他国を植民地にしたり領有したりした」とする記述に関連付けた出題があり、旧住民や研究者から「古くからロシア領と読み取れ不正確」との疑義が出ていることが24日、分かった(産経新聞1月25日付)。
 
上記の問題は、単なる出題ミスではない。明らかに左翼史観の立場に立つものであり、日本は南樺太を侵略して取得したのではなく、条約により取得した歴史的事実を否定するような出題だ。
 
大学入試センターはすみやかに訂正するべきである。本来の北方領土問題は以下の通りだ。
 
■17世紀から日本統治
 
日本はロシアよりも早く、北方4島、千島列島及び樺太の存在を知り、正保元(1644)年には国後島、択捉島の地名を明記した地図(正保御国絵図)が編纂され、多くの日本人がこの地域に渡航している。松前藩は、17世紀初頭より北方四島を自藩領と認識し統治を確立していた。
一方、ロシアは18世紀初めにカムチャツカ半島を支配した後にようやく千島列島の北部に進出し、日本と接触するようになる。
 
寛政4(1792)年にはロシアの使節ラクスマンが根室に来訪して日本との通商を求めてくる。徳川幕府は鎖国政策をとっていたため、通商を拒否し、間宮林蔵、近藤重蔵らを国後島、択捉島、樺太にそれぞれ派遣して現地調査を行い、これらの地域の防備を固め、択捉島及びそれより南の島々に番所を置いて外国人の侵入を防いできた。
そのためロシアも千島列島に調査隊を派遣したが、得撫島より南にまで進出してくることは一度もなかった。
 
■日露の国境線の変遷
 
日本とロシアの間で初めて国境線が確認されたのは、安政元(1854)年2月7日に伊豆半島の下田で締結された日露通好条約(下田和親条約)である。
この条約によって得撫島と択捉島を分けるフリーズ海峡に国境線が画定された。それより南の島々(択捉島、国後島、色丹島、歯舞群島)が日本領土とされ、樺太は日露両国民の「混住(雑居)の地」と決められる。
 
明治8(1875)年5月7日、日本はロシアと樺太・千島交換条約(サンクト・ペテルブルグ条約)を締結する。
この条約第2条には、日本がロシアから譲り受ける島として、占守島(露名・シュムシュ島)から得撫島までの18の島々の名前が明記されているが、択捉島、国後島、色丹島、歯舞群島の北方四島は含まれていない。
このことは北方四島が一度も他国(ロシア)の領土になったことのない日本固有の領土であることを物語る証拠である。
 
その後、樺太に関しては明治38(1905)年9月5日の日露戦争終結の際に締結されたポーツマス条約によって、北緯五〇度以南の南樺太をロシアから譲り受け、豊原(露名・ユジノサハリンスク)に樺太庁を設置して、昭和20(1945)年8月まで経営していた。
 
■北方領土の定義
 
日本人の多くは、北方領土と言う場合、国後島、択捉島、色丹島、歯舞群島の北方4島のみを指していると思っているかもしれない。それは大きな間違いである。
日本がロシアに対して領有権を主張できる北方領土の領域とは、次の理由から北方4島に加えて、千島列島と南樺太も含まれる。
 
大東亜戦争に敗れた日本は昭和26(1951)年9月、サンフランシスコ講和条約に署名し、翌昭和27年4月28日に主権を回復する。
この条約では南樺太と千島列島の「権利、権原、請求権」を放棄したが、これらの地域が最終的にどこに帰属するかについては何も定められていない。ソ連が勝手にこれらの地域を一方的に自国の領土に組み入れ、今日まで不法占拠しているのだ。
ソ連は領土不拡大の原則を謳った大西洋憲章に参加しており、明らかにこの憲章に違反している。
 
日本が受諾したポツダム宣言はカイロ宣言の履行を謳っている。カイロ宣言では「日本が暴力及び貪欲により奪取した地域を返還させる」となっている。千島列島、南樺太は条約に基づいて日本領土となったものであり「暴力及び貪欲により奪取した領土」ではない。
 
以上のような歴史の流れがありながら、日本は大東亜戦争後、一度もロシアに対して千島列島と南樺太の返還を求めてこなかった。日本がロシアと違い、合法的にこれらの領土を日本領としたことは、米国をはじめとして多くの国々が認めている。
 
北方4島だけでなく千島列島と南樺太がロシアから返還されない限り、北方領土問題の真の解決はないのである。