2018年08月16日(木曜日)
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自由な憲法論議を阻む自縄自縛 つくる会理事 駒田強

自由な憲法論議を阻む自縄自縛
つくる会理事 駒田強

 
 天皇陛下の譲位が現実味を増してくると同時に、象徴天皇制に関する議論がかまびすしくなってきそうだ。年明け早々、産経新聞正論欄で山崎正和氏がそれを論じているが、次のような一節には、またかという既視感を新たにしないわけにはいかなかった。いわく「憲法は無責任に天皇陛下を国民統合の象徴と位置づけただけで、人間が象徴として生きるとはどういうことかを考えていない。」
 
 「憲法」が「位置づけ」たり、「考え」たりすることはあり得ない。誰か「が」、「考え」たことを、憲法「に」「位置づけ」たにちがいないからである。付け加えれば、現行憲法第1条が天皇を仮構された制度として規定したものであるとすれば、第2条は明らかにそのようなものではありえない。山崎氏は両条項間の鋭い亀裂を、知ってか知らずか無視しているが、今はそのことは措き、山崎氏が「誰か」を明示していないという事実を指摘するにとどめたい。
 
 しかしこのことは、ひとり山崎氏のみにかかわる問題ではない。現行憲法の成立過程を白日の下にさらすことは、今日なお禁忌に触れるからである。そしてその「禁忌」は、GHQが実施した検閲、なかんずく事後検閲に由来する日本人自身の自縄自縛の謂にほかならないことはいうまでもない。
 
 昨年来の憲法改正論議においても、現行憲法の制定過程については、その多くが「禁忌」の回避に細心の注意が払われている事実を見逃すわけにはいかない。これでは到底自由な論議とはいえない。ちなみに現行憲法は、江藤淳、小山常実両氏らの研究によれば、その制定過程において、おおむね以下のような「禁忌」にまみれていた。
 
まず、GHQが昭和20年9月3日から日本占領が終了するまで続けた検閲の特徴を挙げておく。
①検閲が実施されていること自体が秘匿され、検閲の対象とされたこと。
②伏字などを禁じ、検閲後に削除などの形跡を留めないこと。
③事前検閲を途中から事後検閲に切り替えたこと。
 
我が国が戦前戦中に実施した公然たる検閲が児戯に見紛うほど、隠微かつ徹底したものであることは一目瞭然といわなければならない。その結果、以下の事実については、いまだに多くの日本国民の知るところとはなっていない。江藤淳の孤軍奮闘に実を結ばせるべく、今年をその好機としなければならない。
 ①現行憲法草案がGHQによって起草されたこと。
 ②GHQがポツダム宣言及び自ら起草した日本国憲法に違反した検閲を行っていたこと。
 ③議会の憲法審議に先立つ総選挙では全候補者の政見放送が検閲を受けさせられたこと。
 ④同選挙では現職の82%が公職追放され立候補できなかったこと。
 ⑤議会の憲法審議は傍聴者、新聞記者を排除して行われたこと。
 ⑥原案修正にはGHQの承認が必要とされるなど議会に自由意思がなかったこと。