2017年07月22日(土曜日)
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書評『スーホの白い馬」の真実  三浦小太郎(評論家)

書評「『スーホの白い馬』の真実」

ミンガト・ボラグ著 風響社

三浦小太郎(評論家)

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 日本にはモンゴル民話として伝えられてきた「スーホの白い馬」は、福音館書店より、大塚雄三(再話)、赤羽末吉(絵)の絵本として出版され、現代にいたるまで多くの読者を得ている。この有名な絵本のストーリーを改めて紹介する必要はないと思うが、貧しい少年、スーホが大切に育てた白い馬を、強欲な殿様が奪い取る。しかし白い馬は、殿様には従わず、スーホの元に戻ろうとする。殿様の部下はとらえようとして追うが、白い馬には追い付けず、殿様の命令で矢を射かける。白い馬は矢傷を負いながらスーホのもとにたどり着区が、そこで死んでしまい、その馬の骨や河、尻尾の毛などから馬頭琴が作られ、モンゴルの人々を今も慰め、楽しませているという、私も少年時大変感動し、読み返した絵本の一つだった。

ところが、それから数十年後、南モンゴルの運動に多少なりともお手伝いをすることになり、在日モンゴル人に、幼き日にこの絵本を読んだ感動を語ると、彼らはあまり強い反応は示さない。モンゴル民話の本を調べてみても、この物語はあまり紹介されず、馬頭琴の誕生民話も全く違う話になっている。どうにも怪訝な思いでいたのだが、本書を読んで、すべての疑問が氷解するとともに、この民話、というより創作童話の研究を通じて、日本、モンゴル、中国の現代史について大変深いことを教えられることになった。私同様「スーホの白い馬」を幼き日に感動して読んだ人にも、また、東アジアの歴史に興味のある人にも、本書は必読の名著である。

まず、この「民話」は、中国の学者が1956年に編纂した民話集に「馬頭琴」という題名で収録されていた話であり、これを大塚雄三が見事な日本語にしたものだった。当時、建国直後の中国共産党体制下、この民話は、実際のモンゴルの状況とは違う「階級闘争」のメッセージが注入され、これはモンゴル民話というよりは、中国人に改変された「創作民話」に近く、多くの点でモンゴル人から見たら違和感を覚える設定がなされていることを本書は丁寧に分析していく。

まずモンゴル人の感覚では、どんな悪い殿様であれ、馬に矢を射かけるなどということは考えられず、モンゴル人の騎馬技術から行けば、乗り手のいない白い馬がどんなに速く走ろうと、必ず騎馬兵は追いつく(乗り手が馬の疲労を巧みにコントロールできるから)など、モンゴル人でなければ気が付かない的確な指摘が続く。そして、もともとの中国語版では、「馬頭琴を弾くたびに、スーホの中に殿様への憎しみがよみがえる」という文章があり(大塚氏は表現を巧みにやわらげ書き直している)抑圧者である殿様と、貧しいスーホの関係を「階級闘争」として描こうとしているが、モンゴル民話では、殿様をからかい笑う話はあっても、殿様への復讐や「闘争」の話などはほとんどなく、そもそも「階級闘争」などは遊牧民の世界では存在しなかったことを社会科学的に分析する。

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