揺るぎなき国体⑩  天孫降臨時の神勅5 展転社編集長 荒岩宏奨

揺るぎなき国体⑩ 

天孫降臨時の神勅5

展転社編集長 荒岩宏奨

 

 

どこまでが国体か

 

 ここまでは、天孫降臨時の神勅を見てきた。この五つの神勅は『日本書紀』に記されてゐるのだが、決して本文に記載されてゐるわけではない。『日本書紀』の本文には天孫降臨時の神勅が記載されてゐないのだ。これらの神勅は「一書(あるふみ)に曰く」として記載されてゐる。本来ならば傍論なので削除されてしまつたとしてもおかしくないのだが、『日本書紀』ではその傍論を削除することなく、並列して記載してゐる。そのおかげで、天孫降臨時にこのやうな五つの神勅があつたことが現代にまで伝はり、この神勅の重要性を我々が認識できるのだ。これは非常に重要かつ貴重であり、ありがたいことである。

 私は、これら天孫降臨時の神勅こそが神々が定め給うた国体であると考へてゐる。ただ、これらの神勅のどこまでが国体なのかといふ、国体の範囲については明確に判断することができない。つまり、皇孫が日本を統治するといふ天壌無窮の神勅のみが国体なのか、それとも祭祀を斎行して統治するといふ統治形態までも定めた三大神勅(注1)までが国体なのか、さらに臣民の役割も定めた五大神勅までが国体なのかは、曖昧なのだ。

 

 『古事記』と『日本書紀』を比較

 

※記事の続きは有料会員制サービスとなります。

会員の方でコンテンツが表示されない場合は会費のお支払いが完了していないか、有効期限をご確認ください。