2017年08月19日(土曜日)
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西澤貞夫 つれづれ山河 第九回

国会議事堂は正門から観て左に衆議院、右に参議院の建物である。国会議事堂を作るとき「日本の国会議事堂」だから、全て日本の国産品で造ろうと北海道から沖縄までの資材を集めたが

?『ステンドグラス』(焼つきガラス)照明効果と光 があたると鮮やかで華やぐが日本には造っているところが無くイギリスから輸入。

?『部屋の鍵』=衆議院内350以上の異なる部屋の鍵の閉会がマスターキーがあると、開閉が出来る鍵の技術がなくアメ リカから輸入。

?『郵便投函口』=郵便ポストで1階2階3階から郵便物を入れると地下に集まる施設で高い建物のないため日本で造っている会社がなくアメリカから輸入。

3品は輸入である。1920年(大正9年)から1936(昭和11年) まで17年の歳月をかけ、建設費用は当時の金で2800万円。当時の経済指数、物価指数などがないために現在の金に換算は出来ないが、米価で比較すると4400億円となり、延べ120万人が従事し、重機などない時代に大変な工事と推測がされる。

国会議事堂の中央玄関と中央広間は貴族院時代から天皇陛下を迎える「院」で、参議院の管轄地になっていて、衆議院と参議院の境になる。中央玄関は戦前は天皇陛下のみが通行できる玄関で、「開かずの門」とも言われ、戦後から選挙後の(衆議院の総選挙後の特別国会、参議院議員選挙後の国会)初登院に当選証明書を持参して通行するが、一番乗りはマスコミが取り上げるから8時の開門に午前3時ころから一番を競って並ぶが気迫が入っている。

また外国の国賓『VIP』大統領、王様、国王がおいでになると使われるが普段は閉鎖をしているが、特別記念日には解放して接する機会があって良いことである。

中央広間は沖縄県産の珊瑚石灰石で奈良の法隆寺が入る広さと高さでアンモナイトなどが壁にあり「化石の宝庫」と言われ、四角のうち憲政の功労者の「伊藤博文」「大隈重信」「板垣退介」3氏の銅像が三角あり、政治は夢とロマンであるから良い政治家になると銅像にと、一角が空いているやに。初登院をして議員記章が付けられて華やぐ所である。

中程には日本の四季の「春・吉野の千本桜」「夏・十和田湖」「秋・奥日光の紅葉」「冬・日本アルプスの冬景色」の壁画が彩り、天井には畳が50枚が敷ける広間で360度景観できる。戦後、東京は焼け野原でGHQが蓄音機を持ち込みダンスをしたとの逸話があり、四面の壁は英語の落書きが沢山ある。


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