2017年10月19日(木曜日)
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西澤貞夫 つれづれ山河 第二十九回

今はインターネットによって世界のあらゆる出来事を知り得るが、紛争を政治が収めること事は少ない。世界平和を求める国連にしても各国とも自国の国益が最優先である。我が日本のこの平穏な日々は先の大戦にて300万余の犠牲からなっているのに日本の北方四島は帰っていない。

戦後 66年、政治は何をして来たのか。

尖閣諸島にしても1952年4月28日サンフランシスコ平和条約により米国が沖縄を日本から切り離し支配下に。1972年5月15日に「沖縄復帰」と共に日本の確たる領土に。領土の保全は国家の第一条件である。

サンフランシスコ平和条約から今年は (2012)は 60年の節日であるから声高らかに宣言すべきである。

外国の留学生が議員を訪問し、懇談の時に日本の印象を問うと、「礼儀正しい」「町がきれい」「皆が親切」と述べる。そして日本に来て最初に使った日本語は「両替して下さい」

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