2017年08月22日(火曜日)
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西澤貞夫 つれづれ山河 第五十八回

日本の桜花は国会の前庭に皇居の周りに上野のお山と素晴らしい。
 この時期に車窓から市街を観ると多くの桜の存在を知らされるがしばしすると、柔らかい若葉に葉桜は忘れて通る人ばかりー濃い緑からさつき(つつじ)にバラ。 戦後70年の今年、反省と謝罪から講和条約で独立国家に、その条約に与党幹事長で尽力した人が「大きな立法に条約は決死の覚悟が必要」との言葉は重い。 折に外国の友人がきれいな日本語を流暢で近年の日本の政治・外交で「日本はあの戦争で関係国に謝罪と大きな賠償を、いまでもODA(政府開発援助)で尽力をしているのに。まだ謝れと、何回謝るんですか。お国のためと戦った御霊に(戦犯は裁きを受けて)。公の人が手を合わせると避難、人は亡くなれば仏(神)様になりますよ、世界各国に多大に貢献をしているのに、可哀想です」そして日本人があまり使わない「さようでございます」にはビックリ。 今、日本人口の8割は戦後生まれ、この日本の豊かさは明治生まれ、大正生まれに昭和一桁生まれの人たちが、敗戦の荒廃の中塩を嘗め頑張り、政治の役割で富を増し、貧しきところを拓き、ラジオを、テレビをとひとつ、ひとつを。 今の子供たちの大部分は、自分の部屋があり、スマホにパソコン、家にはテレビに冷蔵庫にエアコン(田舎では4人家族に5台の車)があり、いつでもコンビニ、そして会話がなくても買える自動販売機。人は因果な生き物で人情を捨て、人情に捨てられ、(きのう)もなく(あす)もなく(いま)があるのみ。目標・目的がないから物事に賛成でも反対でもなく無関心で過ごせる。50代頃までは、細く長くとそばを食していても、年を重ねると太く長くと、うどんに。 
先人の閉めれぬ扉は開けてはならぬ。時代が変わったのではなく、人が変わった。

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