the-diet国会

【今さら聞けない皇室の基礎知識】 「皇居の歴史 その3」 村田春樹(今さら聞けない皇室研究会顧問)

前号では、明治六年五月五日、失火によって皇城(旧西の丸御殿)が焼失してしまうところまで述べた。西の丸は文久三年(一八六三)に本丸と共に焼失、翌元治元年に西の丸のみ再建されたのだが、僅か九年の寿命だったわけである。 

本丸も二の丸も既に焼失、最後に拠った西の丸まで焼失してしまい、天皇も新政府もさぞかし暗然としたことだろう。岩倉使節団から離脱して早々に帰朝した大久保もこの火災には衝撃をうけたことだろう。やむなく政府は紀州大納言(和歌山藩)の中屋敷(現赤坂御用地)を仮御所とした。西郷らが征韓論に敗れ下野した所謂明治六年の政変の半年前である。さて世上騒然たる中、明治九年五月に皇城再建五カ年計画が立てられた。 

記事の続きは有料会員制サービスとなります。

2023年3月より新規会員は新サイトで募集しています。
こちらでご覧ください。

Yamatopress Web News

やまと新聞は日本人による日本のための新聞社です。
会費は月額350円(税込)です。全ての記事・コラムがご覧いただけます。

会員の方はこちら