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金正恩政権の真の敵は韓国文化に心髄した無辜の人民  宮塚利夫(宮塚コリア研究所所長)

 北朝鮮メディアは2月9日、平壌の金日成広場で8日夜に朝鮮人民軍創建75年を記念する軍事パレードが行われ、金正恩朝鮮労働党総書記が閲兵したと伝えた。この軍事パレードには新型大陸間弾道ミサイル(ICBМ)「火星17」のほか別の新型ICBМと見られるミサイルが登場し、「戦術核運用部隊」も隊列を組んで行進した。このパレードで金正恩は娘の「金主愛(キム ジュエ)」と手をつないで赤絨毯を歩いて会場入りし、ひな壇の上でも娘と顔を寄せ合い観覧する様子をメディアが報じた。この軍事パレードを観覧する金親子の様子を見て、北朝鮮の人民は巨大なミサイルや金正恩ではなく、帽子を被った金主愛の福々とした顔と暖かそうなコートを着たハイセンスな服装に目がいったのではないだろうか。およそ北朝鮮らしからぬ(?)ハイセンスな出で立ちであったからである。

 なぜ、このような書き始めをしたかと言うと、私は30年前に中朝国境踏査で中国・吉林省を訪れた時に、中国と国交を樹立して間もない韓国から韓国製のカラオケが朝鮮族の多い吉林省などに入り込み、路上のあちこちにカラオケ屋ができて活況を呈していた。マイクを握った人たちは朝鮮の懐メロもさることながら、韓国で流行っている歌謡曲などを大声で歌っていたが、そばに取り巻いている連中の目は、歌や歌の歌詞よりも、カラオケの盤面にくぎ付けになっていることに気が付いた。盤面に出てくるソウルの街やロッテ百貨店のショーウインドー、街ゆく若者たちのファッションに興味深々であった。延辺朝鮮族自治州の朝鮮族には、同じ朝鮮人でありながら韓国の巨大なビルが立ち並び、自家用車などが道路を埋め尽くし、何よりも若者たちのファッショナブルな出で立ちと明るく自由に闊達に振舞う姿に魅了され、驚嘆しているではないか。

 同じように軍事パレード観覧での金主愛の出で立ちを見た北朝鮮の同じ年ごろの子供たち(特に地方の)は、羨望のまなざしで見たことだろう。北朝鮮問題の専門家は「金正恩が娘を前面に体制死守を誇示した」と分析しているが、今の北朝鮮は長距離ミサイルをいくら配備したところで国を守ることはできないのである。と言うのも、韓国文化(北朝鮮では資本主義の退廃した文化と規定している)が北朝鮮の若者を中心根深く人民に浸透し、盤石と言われている金正恩政権の足元が揺らいでおり、危機感を募らせているからである。

 北朝鮮は1月17,18日両日に開催した最高人民会議(国会に相当)で、標準語の使用を徹底するための「平壌文化語保護法」を制定した。ドラマや歌など韓国文化が浸透する中、若者に広がる韓国風の言葉遣いへの取り締まりを強める狙いである。会議では同法の目的について「非規範的な言語要素を排撃し、平壌文化語(標準語)を保護し、積極的に生かす」と説明しているが、北朝鮮の若者の間で韓国風のファッションと言葉遣いが流行っており、この風潮が広がることを黙認すれば、やがては金王朝崩壊論にもつながりかねないと危惧する危機感があるからだ

 北朝鮮は2020年12月4日に韓国ドラ、音楽などの視聴や流布を禁じ、罰則を強化する「反動思想文化排撃法」を、21年9月には若者の正しい生活習慣を確立するための「青年教養保障法」をそれぞれ制定し、引き締めを図ってきていた。それにもかかわらず、また改めて韓国文化の浸透を食い止めようと法律を制定したのか。私が32年前、北朝鮮を訪問した時に夜行列車で平壌から開城まで行った時に、日本から持ち込んだ小型テレビで韓国のコメディー番組を見ていた時、いつの間に現れたのか男女の車掌もテレビを食い入るに見ていたが、しばらくして彼らからは「南朝鮮のテレビは面白いね」と言うような言葉が聞かれた。娯楽が少ない北朝鮮では労働党が創る文化コンテンツに飽き飽きしていた北朝鮮住民にとってみれば、韓流ドラマは魅力的である。新しくて刺激的なコンテンツに触れたい欲求を国家体制が抑えることは無理な話なのである。しかし、自由主義思想の韓国文化を容認することは、金王朝の崩壊を齎すこともまた事実である。それにしても50年前に韓国に留学した私には、韓国で夫や交際男性を呼ぶ際の「オッパ(お兄さん)」が北朝鮮デ流行っているとは隔世の感がある。