shohyo「書評」

【書評】チベット幻想奇摶譚 星泉 三浦順子 海老原志穂編訳 春陽堂書店発行  三浦小太郎(評論家)

 本書にはチベットの現代作家の短編、13編が収録されている。冒頭のツェリン・ノルブの「人殺し」は、まさにチベット・ハードボイルド小説の傑作だ。小説の語り部はトラック運転手、彼は道中、布団を背負い、刀を差した巡礼者のようなカムパ族の男が一人歩いているのを見つけ、あまりに孤独で寂しげな姿に、車に乗せて希望する街まで運んでやる。ところが、その男は、自分の父親の仇であるマジャという男を殺しに行くところだというのだ。主人公は男を希望する街近くで降ろすが、どうにも気になって、仕事を済ませた数日後その街を訪ねていく。

 

 ここからのストーリーは省略するが、勇猛なカムパ族の精神を備えた男、そして彼を包む荒野を吹き抜ける風の声、さらには今は過去を悔いて仏教信仰に慰めを見出しているかっての殺人者とその妻のささやかな暮らし、すべてがありありと目前に浮かび上がってくるようなこの短編は、読者に忘れ難い印象を残す。ヘミングウェイが現代チベットに生まれたら、彼はこのような小説を書いたのではないかとすら思う。

 

 タクブンジャの「三代の夢」は、チベット現代史を集約したドラマだ。まるで古代や中世のチベット精神を体現したかのようなグルゴン・ラヤクは、チベットの民俗宗教であるボン教の化身であるかのような神話的存在だ。彼はチベットに攻め込んできた中国軍閥の兵士たちとたった一人で戦い、彼らを何度も撃退する。最後に、村人を人質に取られておびき出されたときも、敵の手にはかからず自ら英雄的な死を遂げる。

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