shohyo「書評」

追悼:高沢皓司氏 今、よど号の闇を描いた『宿命』を読み返す  三浦小太郎(評論家)

今年7月6日、ジャーナリストの高沢皓司氏が亡くなった。もともと思想的には新左翼出身だった高沢氏が、北朝鮮に飛んだよど号犯人たちを取材する過程で、彼らよど号犯、そしてその妻たちが日本人拉致事件に関与していた真実を明らかにしたのが、著書『宿命』(新潮文庫)である。そして、有本恵子さんの拉致実行犯である八尾恵氏が、自らの罪を証言したことが、この拉致問題を大きく前進させた要因で会ったことは、高沢氏の功績とともに忘れてはなるまい。本稿は、『宿命』発効直後にあるNGO機関誌に寄港した書評をもとに書き直したものである。この名著は現在絶版のようであり、ぜひとも復刊することを出版社にはお願いしたい。

 

 北朝鮮で待っていた「洗脳」の日々

 

 「『よど号』亡命者」――1970年のハイジャックで北朝鮮に飛び立った9名の赤軍派。60年代末、新左翼運動の行き詰まりの中、運動の新たな展開を夢見て行動した彼らの終着点は、金日成体制と主体思想への全面的な「帰依」であり、日本人拉致事件を含む北朝鮮の国家犯罪への荷担であった。一時期はこの「よど号犯」と深く交流し、その後、自己批判を経て、彼らの思想・行動を告発する側に身を転じた高沢皓司氏が「よど号犯」批判の集大成としてまとめたのが本書「宿命」(新潮文庫)である(前述したように既に現在絶版、貴重な本なので再販を強く望みたい)。本書は、拉致事件の真相のみならず、かつての新左翼運動の本質的な弱点と、左翼に限らず政治運動が陥りがちな精神の退廃を教えてくれるものとして、大変興味深い資料となっている。

 

  よど号犯のハイジャックは、次のような目的と思想の下に実行されたはずだった。

「我々の大部分は、北朝鮮に行くことによって、それ自身を根拠地化するように最大限の努力を傾注すると同時に、現地で訓練を受け、優秀な軍人となって、いかなる困難があろうとも日本海を渡り帰日し、前段階武装蜂起の先頭にたつであろう。我々の大部分は、北朝鮮に断乎渡るのである。そして断乎として日本に帰ってくるのである。」(田宮高麿)

 

 既存の社会主義国に渡り、そこを世界革命の根拠地にとする。この「国際根拠地論」は、それまでの新左翼運動による日本国内での「武装闘争」がことごとく失敗した後に打ち出されたものである。当時の日本国内に「武装闘争」の基盤などないにもかかわらず、かっての毛沢東やチェ・ゲバラのゲリラ戦をそのまま実践しようとしたのだから、失敗は当然だった。しかし、彼らはその現実を直視することなく、外国に脱出すれば可能性が開けるという幻想にかられたのである。

 

ハイジャックにより北朝鮮を訪れたよど号犯を待っていたのは、ひたすらに主体思想を詰め込まれる「学習」の日々だった。高沢氏はこれをはっきりと「洗脳」と呼び、その「洗脳過程」を次のように説明している。

 

「思想教育は毎日の日課になっていた。(中略)ひたすら教育されたのはチュチェ思想のみである。(中略)1日の授業が終わると、決まって討論の時間があった」「教授や指導員たちの気に入る答は一つだけであり、それ以外の答え方をした者には、再び同じ学習が繰り返された。(中略)何度でも同じ学習を繰り返し、そうすることによって自分が気に入る答え方が他にないことを知らせた。(中略)本心からではなくても、やがて彼ら(よど号犯)は指導員が気に入るような答え方を探すようになった」

 

「彼らもまた納得のいかないながらも、チュチェ思想にのっとって模範的な解答をし、消化不良の部分は気持ちの奥にしまいこんだ。しかし、それはやがて彼らの自己を引き裂き、自己を解体した。(中略)異貌の思想を受け入れさえすれば、この虚しさから脱出できる。それだけではない、新しい価値と評価を手にすることができる。彼らは、そこにただ一点の光明を見た。(中略)もはや反抗する者はいなくなり、指導員の教えは砂が水を吸うように彼らの中に入っていった」(宿命)

 

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