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【オンリーワン! 民間活動家シリーズ】第2回 故郷は取り戻せるのか!!? 母国外で出来ることを模索 ウイグル解放活動家 イリハム・マハムティ氏

長い歴史の中で領土を失い消えた国は星の数ほどある。しかしその痕跡は、文化や芸術のひとつとなり残っていることも多い。だが、その痕跡すら残さずに民族の歴史から抹殺されようとしているのが中国にかつて存在したウイグルである。今回インタビューに応じてくれたイリハム・マハムティ氏はウイグル生まれ、生粋のウイグル人である。

 

中国は紛れもなくジェノサイド国家だ。その政策はウイグルの歴史・伝統・文化・言語それらすべてをゼロにするやり方である。教育という名で監禁、宗教を捨てさせる、言語使用禁止、漢民族化のための子どもを誕生させる、強制労働による搾取、拷問、やりたい放題であり、絶対に許されることではない。広大な領土を更に強大化するために、漢民族とは異なるウイグル(新疆)は逸早く抑えなければならない地域とした。中央からも遠く、かつての独立国であったウイグルの排除は早急に行わなければならなかった。

1933年には「東トルキスタンイスラム共和国」の建国宣言がなされたことでもわかるように、本来ウイグルはイスラム教圏に属していた地域である。1930年から1940年代まで行われていた独立国宣言も終息、その後は新疆ウイグル地区となった。

 

イリハム氏はウイグルで生まれ育ち、新疆大学卒業後2001年に来日、横浜のコンピューター専門学校に3年間通い技術を覚えた。卒業後はIT企業に入社した経歴の持ち主である。技術学校時代は住み込みでの新聞配達をしたという。ITのプログラム会社に入社した4か月後には家族ビザも申請し、家族と共に暮らせるようになった。

家族を迎えに行った折、ウイグルに戻って感じたのは、出国時に較べ増加していたのは友人や周囲の人々の失職、そして中国人の増加している事実である。

イリハム氏が生まれた1969年当時はまだまだウイグルの生活はウイグルの伝統文化が残っており、ウイグルの文化伝統に基づいた生活を楽しんだ少年時代であったと述べている。

発展する商売のチャンスは総て中国人が担っている状態だったが、それでもまだパスポートは自由であったという。

2009年のウルムチ事件以来、パスポートの取得は非常に困難になり手続きとして、村の許可・一つ上の行政・更に上の行政・公安警察・住民委員会など20~30のハンコが必要になったという。しかも最後の最後に判子をもらうにはそれなりの手続き(賄賂)が必要である片方では、電話一本で済む場合もあるという状況だった。幸いイリハム氏は2001年にパスポートをとったので東京で切り替えることが出来た。

 

イリハム氏が活動を始めたきっかけは2007年、ラディア・カーン氏との出会いだった。

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