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武蔵野市の住民投票条例を巡って・その後 武蔵野市の住民投票条例を考える会・代表 金子 宗德

 「諮問機関」か「附属機関」か?

 本誌四月号でも既報の通り、『産経新聞』(二月一日)は住民投票条例案の根拠となる自治基本条例の制定過程に瑕疵があると報じた。具体的には、武蔵野市当局が内規にあたる要綱に基づいて設置した「武蔵野市自治基本条例(仮称)に関する懇談会」(以下、懇談会)は条例案の実質的な策定に関与しており、地方自治法第百三十八条の四第三項に条例すなわち議会の議決に基づいて設置すべき「附属機関」に相当するものであったというもの。

 市当局は、この懇談会について「行政運営上の意見聴取、情報や政策等に関して助言を求める等の場」として「市議会とも相談のうえ、設置した」とウェブサイトで主張しているが、懇談会の委員には「報酬」が支払われている。地方自治法第二百三条の二第一項には「普通地方公共団体は、その委員会の非常勤の委員、非常勤の監査委員、自治紛争処理委員、審査会、審議会及び調査会等の委員その他の構成員、専門委員、監査専門委員、投票管理者、開票管理者、選挙長、投票立会人、開票立会人及び選挙立会人その他普通地方公共団体の非常勤の職員……に対し、報酬を支給しなければならない」とあり、「報酬」を支払った以上は「普通地方公共団体の非常勤の職員」と考えるよりほかなく、そこでなされる発言は行政職員としての立場でなされたものであって「意見聴取」や「助言を求める」とは言い難い。因みに、これが「報酬」ではなく「報償金」や「謝礼」という形式で支払われていたならば、「普通地方公共団体の非常勤の職員」とは扱われない。ただ、その場合でも、「意見聴取」や「助言を求める」という域を超えて条例案の実質的な策定に関与していれば、「諮問機関」ではなく「附属機関」に相当する。一見すると些細な違いであるが、市長を中心とする執行機関と議決機関である市議会との間に適切な緊張関係が成立しているか否かという、二元代表制に基づく地方自治の根幹に関わる問題と言ってよい。

 現に、懇談会副座長である天野巡一氏(岩手県立大学名誉教授)は、第一回会合(平成二十八年十一月二十八日)で「我々は地方自治法でいう附属機関です。首長に任命されたのです。だから、首長の附属機関として今、委員に出ているんです。議会として出席しているお二方も市長任命の委員です」と明言している。その一方、懇談会と議会各派の意見懇談会(平成三十年八月二十二日)において立憲民主党所属の市議が「基本的には、市長の諮問機関ですから、その内容についてこちらがとやかく言う立場でもない」と述べたことに対し、天野座長は何もコメントしておらず、明らかに矛盾している。武蔵野市職員として法務畑の長かった天野氏の経歴を考えると、こうした御都合主義が市当局全般に蔓延しているのではないか。

 

 住民監査請求から住民訴訟へ

 こうした問題意識から、《武蔵野市の住民投票条例を考える会》(以下、《考える会》)は、三月十一日、「武蔵野市自治基本条例(仮称)に関する懇談会」に対する報酬支払は違法であり、報酬支払いを命じた邑上守正前市長と松下玲子現市長に当該額の返還を求める住民監査請求を行ったけれども、三月二十九日に却下という判断が示された。それも、監査を請求できる期間を過ぎているからという理由で、附属機関か否かという本質的問題に立ち入るものではなかった。

 確かに、地方自治法第二四二条第二項には「当該行為のあつた日又は終わつた日から一年を経過したときは、これをすることができない」とあるが、「ただし、正当な理由があるときは、この限りでない」ともある(原文ママ)。確かに、懇談会が開催されて委員に報酬が支払われたという事実は市報などで知り得るとしても、懇談会の法的性格については広報がなされていない。さらに言えば、先に述べた通り、この点に関する副座長の認識すら一貫していない。筆者を含む一般住民は産経新聞の報道を契機に初めて状況を理解したのであり、そこから2ヶ月弱の間に情報公開請求などをして事情を把握した《考える会》は監査請求を行った。ゆえに、「正当な理由」は十分に満たしている。

 そこで、《考える会》は次のステップたる住民訴訟に移ることとした。弁護士探しには難航したが、最終的には受任して下さる弁護士が見つかり、四月二十六日に提訴した。

 

 監査委員会および市議会の機能不全

 武蔵野市には、二人の監査委員が居る。そのうち一人は、市役所ОBである。地方自治法第一九六条にある「人格が高潔で、普通地方公共団体の財務管理、事業の経営管理その他行政運営に関し優れた識見を有する者」として選ばれているが、元部下が現役の職員として働いている状況で、公正な監査は出来るのだろうか。委員自身が監査対象の事案と関わりを有していた事例も考えられる。今回の監査請求がその事例に該当し、ゆえに件の委員は監査から除斥され、残る一人が判断を下している。地方自治法第二四二条には「決定は、監査委員の合議による」と規定されているけれども、一人でも合議と言えるのだろうか?

 その残り一人にして、市議会議員として自治基本条例案の採決で賛成している。議決の時点では知り得なかった事実を踏まえて公正な判断を下すことも不可能ではないが、一般的にはあり得ないだろう。つまり、監査委員会とは名ばかりで市当局の判断を追認する機関と成り下がっているのである。

 機能不全ということで言えば、市議会も同様だ。

 監査請求が却下された前日の三月二十八日、市議会は自治基本条例周知事業(四百五万円)を含む令和四年度予算を住民投票条例案に反対した《自由民主・市民クラブ》、《公明党》、《ワクワクはたらく》を含む賛成多数で可決した。住民監査請求がなされた場合、そのことは市議会に報告がなされているわけで法的瑕疵がある可能性を知りつつ、その周知事業にゴーサインを出したわけだ。ここで予算を否決したならば、自治基本条例周知事業ひいては住民投票条例案の再提出を押し止めることが出来たはずで、実に残念な結果である。逆に言えば、この予算が可決されたので監査委員会が請求を棄却したようにも見えるのだ。

 訴訟提起後の六月一日、《考える会》は「自治基本条例周知事業の慎重な執行を求める陳情」を市議会に提出した。これは、「係争中の住民訴訟の判決が確定するまでは自治基本条例周知事業の執行を見送ること」、「自治基本条例周知事業を執行する段階になった場合においても、市は配布物や内容等について市議会に行政報告を行うなどして意見を求めること」というもので、十四日には総務委員会で陳述を行ったけれども、質疑応答においては、住民投票条例推進派の市議から「要綱による市民参加で様々な条例を制定や計画を作ってきた」、「裁判所がどういう判断をするかわからないが、判決が出るまでは違法でない。周知事業、自治基本条例そのものを止めなければならない法的義務はない」といった脱法的な発想を是とする発言が飛び出した。住民投票条例反対派の側も自治基本条例の周知事業は必要という立場に固執し、この陳情を契機として自治基本条例第十九条じたいの問題、具体的には、①市長は、市政に関する重要事項(別に条例で定めるものを除く)について住民投票を実施しなければならない、②市は、別に条例で定めるところにより成立した住民投票の結果を尊重する、③市長は、住民投票の成立又は不成立にかかわらず、その結果を公表する、という部分に斬り込もうという姿勢が見られない。結果として、陳情は不採択となった。

 六月二十四日、武蔵野市議会は「陳情(陳受3第19号)への対応」という文書をウェブサイトで公表した。これは、昨年十二月の定例会に弊会が提出し、採択された陳情を踏まえたもので、その内容は以下の通りである。

 

 (1)武蔵野市自治基本条例(令和2年3月武蔵野市条例第2号)第19条の削除は必要ない。

 (2)住民投票制度については、執行部から再提案がなされた際に改めて検討する。

 

 一読して唖然とした。

 いったい、昨年十二月の定例会で審議していたことは何処に行ったのだろうか?

 《自由民主・市民クラブ》の市議は「尊重」の定義を問題とし、《公明党》の市議は「市政に関する重要事項(別に条例で定めるものを除く)」の内容について疑念を呈していたにもかかわらず、その内容が全く反映されていない。採択された陳情には「住民投票条例(仮称)案を廃案とした上で、根拠条例となる自治基本条例19条を削除することも視野に再検討すること」とあり、先に述べた三つの問題点を再検討することは可能であるにもかかわらず怠っているのだ。「住民投票制度については、執行部から再提案がなされた際に改めて検討する」とあるので、その際に再検討すれば良いと考えているのかもしれぬが、《自由民主・市民クラブ》や《公明党》の市議は議員提案の形で改正条例案を提出し、各論点について執行部の見解を問い、世論を喚起すべきではないのか。

 逆に言えば、こうした対応を《自由民主・市民クラブ》や《公明党》がせぬ限り、反対理由は「周知不足」に矮小化され、これらの論点に関する議論は終わったという誤ったメッセージを松下市長や推進派市議に与えかねないのである。

 

 今後の方針

 住民投票条例推進派の市議は「自治基本条例は全会一致で成立した」と強調するが、それは可決時点の判断に過ぎず、社会情況や世論が変われば住民代表として判断を変えることに何も問題はなく、逆に過去の判断に拘ることは、社会情況や世論よりも自らのメンツやドグマに固執している証と云われても仕方ないだろう。残念なことに、良識を発揮して条例案に反対した《自由民主・市民クラブ》や《公明党》所属の市議も同様の発想に囚われてしまっているのではないか。

 市議会議員各位におかれては、市議会という「ムラ」の掟に拘束されることなく、住民の利害を代弁するという自らの本分に基いて行動して頂きたい。現に、一部の議員は自治基本条例に賛成したけれども、これまでの議論を踏まえて「自治基本条例周知事業の慎重な執行を求める陳情」の採択に賛成の意思表示をしているではないか。

 《考える会》としても、粘り強く市議会議員への働きかけを続けて参りたい。

 住民訴訟の一審判決は年内に下ると思われる。そこで原告たる《考える会》が勝訴して市当局が敗訴し、なおかつ市当局が自らの非を認めない場合は控訴ということになるが、その際には市議会の議決が必要となり、そこで各議員の判断が問われる。

 また、自治基本条例・第十九条削除の直接請求を行うことも視野に入れている。これは、地方自治法第七十四条に基づくもので、当該地方公共団体に居住する有権者の五十分の一以上の署名を付して首長に条例の改廃を要求した場合、首長は自らの意見を付して議会を招集して提案せねばならないというものだ。

 読者諸兄姉におかれては、今後とも《考える会》の活動を見守って頂ければ幸いである。また、第二・第三の武蔵野市を作らぬよう、御自身が居住されている都道府県や市区町村で国家解体の動きがないか常に監視することも重要だ。