shohyo「書評」

テオドラ皇后の物語 踊り子から皇后へ 三浦小太郎(評論家)

東ローマ帝国の皇帝、ユスティニアヌス1世(大帝,在位527~65年)は、女優かつ踊り子で(おそらく売春もしていた)テオドラに一目ぼれし、宮殿に招き、ついには結婚を決意しました。しかし、皇帝が身分の低い女性を皇妃として認めることは当時の法律でも常識的にも不可能だったのですが、よほど彼女にほれ込んでいたのか、ユスティニアスは周囲を説得、525年に正式に結婚します。ユスティニアヌスが43歳,テオドラは28歳だったといわれます。

 

テオドラは貧しい庶民、そして女性の立場から様々な助言を行うとともに、危機に陥った時には夫を励ましました。有名なのは、市民が反乱を起こし、新たな皇帝を立てようとした「ニカの乱」の時でした。

 

迫りくる反乱に動揺した皇帝と宮中の貴族たちは、迫りくる反乱軍の前に、宮廷にとどまるか、亡命するかを話し合いましたが、全体の雰囲気は亡命に傾いていました。しかし、テオドラは王妃として、次のような演説を行いました。

 

「女性は男性の前で勇敢さを示すべきではないし,躊躇する男性の前で大胆な行動を取るべきでもないという考えがあることを,私は知っています。しかし,今のこの危機的な状況の中で,それを議論する時間的余裕はありません。私たちが持っているものが最大の危機に瀕しているとき,この危機を乗り越えるためにどうしたらよいのか,そのことに知恵を絞るだけだと思います。」

 

「たとえ命ながらえることができたとしても,今は逃げるべきではありません。この世に生まれ落ちた者は,いつか必ず死を迎えます。皇帝たる者,逃亡者になることなど決してあってはならないのです。私は,自分が紫の帝衣を脱がされるのを見たくはありませんし,人々が私を皇妃と認めない日まで生き伸びたいとも思いません。」

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