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【論説】50歳を迎えて考えるおまけの人生

※イメージ画像

 

私事で恐縮だが、先月で50歳の大台に達した。敦盛の舞で謳われる「人間五十年」の齢である。人生の先輩諸氏には申し訳ないが、常々自分は人生を50年と言い聞かせて生きてきた。

 

そのため、さほど意識しないままに、心の中の生存期間が終了してしまったような、空虚な気分である。気付いたら、ノーサイドの笛が鳴って試合が終了してしまい、これといった貢献もないままにチームが敗れてしまったような負け試合の後というような面持ちである。

 

そんなことを、79億人いる世界人口の中で私の誕生日を唯1人憶えていたであろう兄の祝福LINEに対して返信したところ、「戦国時代じゃないんだから50年て」と一文に付されてしまった。まあ、その通りではあるが、10代の頃に感じていた50歳は、もう中年の後半であり、お爺さんの手前である。少なくとも「人生これから」という年齢ではない。

 

呆気なく人生のクライマックス期間が終了してしまった感があるが、逆にここからは長生きした分だけ得をする「ボーナスステージ」への突入である。余分に生きられるここからの時代は全て幸運と考えれば、辛いことさえも天からの祝福と考えることができる。これだけ進化した社会を味わうことができ、文明は加速度を増すように進化を続けている。

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