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健全なる地方自治を取り戻すために ――最前線としての武蔵野市  金子 宗德(里見日本文化学研究所所長 ・亜細亜大学非常勤講師)

棄却された住民監査請求

 昨年より本誌でも何度か取り上げている東京都武蔵野市の住民投票条例案を巡り、新たな動きがあつた。

 本誌前号の「ニュース八紘」欄にも記されてゐる通り、住民投票条例案の依拠する自治基本条例の原案策定に関与した「武蔵野市自治基本条例(仮称)に関する懇談会」〔以下、「懇談会」〕は条例に基づくことなく、違法に設置された疑ひがある。もし、これが違法と認定されたならば、さうした手続きに基づいて成立した自治基本条例に合法性はなく、結果として住民投票条例案を提出することも不可能となる。 

 では、かうした地方公共団体における行政手続きの違法性を如何に立証するか。議員であれば議会の場を通じて当局を問ひ糺すことができるけれども、一般市民が取り得る手段は地方自治法二四二条に基づく住民監査請求しか存在しない。

 同条によれば、「違法若しくは不当な公金の支出、財産の取得、管理若しくは処分、契約の締結若しくは履行若しくは債務その他の義務の負担」があると思料される場合、監査委員に「監査を求め、当該行為を防止し、若しくは是正し、若しくは当該怠る事実を改め、又は当該行為若しくは怠る事実によつて当該普通地方公共団体の被つた損害を補塡するために必要な措置を講ずべきことを請求する」(原文は当用仮名遣、以下の引用部分も同様)ことが認められてゐる。

 そこで、去る三月十一日、筆者と《武蔵野市の住民投票条例を考へる会》〔以下、《考へる会》〕との連名で武蔵野市の監査委員会に住民監査請求を行つた。

 地方自治法第二百四十二条第七項には、「監査を行ふに当たつては、請求人に証拠の提出及び陳述の機会を与へなければならない」とあり、陳述の準備をせねばならぬと考へてゐた三月二十九日、監査委員会事務局から「請求を棄却する」旨の連絡があつた。

 

 請求期限を巡る問題

 地方自治法第二百四十二条第二項には、「請求は、当該行為のあつた日又は終はつた日から一年を経過したときは、これをすることができないと定められてゐる。「懇談会」の出席者に対する報酬の最終支払日は平成三十年十月十九日であり、既に一年以上が経過してゐることは確かだ。

 問題は、それに続く「正当な理由があるときは、この限りでない」といふ但し書きである。どこまでが「正当な理由」とされるか、これは大いに議論が分かれるところだ。この点について、請求に際し、当方は以下のやうな主張を展開した。

 懇談会の委員である学識経験者が議事録で「地方自治法に基づく附属機関」との見解を示してゐることなどからして、武蔵野市当局は適法に自治基本条例の策定を進めてゐるものと思つてきたけれども、本年二月一日の産経新聞の報道により、原案の策定過程に法的疑義があることを知つた。それを受けて、情報公開請求を行ひ、二月十七日に報酬が支出されていることを確認した上で提出に至つたのであり、期限を過ぎてはゐるものゝ受理を求める。

 この点に関する監査委員の判断は次の通りである。

 

 ……ただし書の「正当な理由」があるときとは、住民監査請求の1年の請求期間が法律関係の早期安定を図る趣旨であると考へられることから、地方公共団体の住民が相当の注意力をもつて調査すれば客観的にみて住民監査請求をするに足りる程度に財務会計上の行為の存在及び内容を知ることができたと解される時から相当な期間内に住民監査請求をした場合をいふと解するのが相当である(最高裁判所平成14年9月12日判決)。

 そして、財務会計上の行為が記載された公文書が情報公開制度等により閲覧可能な状態になつた場合には、客観的にみて住民監査請求をするに足りる程度に財務会計上の行為の存在及び内容を知ることができたと解するのが相当である(東京高等裁判所平成19年2月14日判決)。

 これを本件監査請求についてみると、平成28年12月8日に本市ホームページで本件懇談会が要綱に基づき設置されたこと及び本件懇談会の委員に報酬が支払はれることが明示された武蔵野市自治基本条例(仮称)に関する懇談会設置要綱(以下「本件設置要綱」という。)が閲覧可能となった。また、平成29年2月及び平成30年2月には懇談会の事業内容及び予算額が掲載された平成29年度及び平成30年度の予算参考資料及び予算の概要が武蔵野市役所(以下「市役所」といふ。)のほか本市ホームページで閲覧可能となつた。さらに、平成29年11月及び平成30年9月には本件懇談会が本件設置要綱に基づくものであること及び平成28年度及び平成29年度の検討経過が記載された平成28年度及び平成29年度の事務報告書並びに本件懇談会に係る平成28年度及び平成29年度の検討概要、予算額及び決算額が記載された平成28年度及び平成29年度の決算付属資料が市役所のほか本市ホームページでそれぞれ閲覧可能となつた。そして、本件設置要綱が掲載された「武蔵野市自治基本条例(仮称)骨子案(報告)」が平成30年11月中旬から市役所等において配布がはじまり、本市ホームページにも掲載されてゐる。なほ、この配布等が行はれることは平成30年11月15日発行の「市報むさしの」の1面にも掲載された。

 さうすると、本件各財務会計上の行為は、遅くとも平成30年11月15日には本市情報公開制度により閲覧可能な状態となつてゐたことが明らかであるから、同日には請求人が情報公開請求をすれば当該行為の存在及び内容について住民監査請求をするに足りる程度に知ることができたといふべきである。そして本件監査請求は、上記閲覧可能な状態となつた日から3年以上経過してなされたものであるから、これをもつて相当の期間内になされたといふことはできない。

 

 要するに、武蔵野市当局はホームページなどに然るべき情報を提示してをり、「相当の注意力をもつて調査」すれば住民監査請求を行うことは十分可能であつたとして、それを怠つた《考へる会》を含む一般住民には請求する資格がない、といふのだ。

 しかしながら、現実問題として、報酬と引き換へに行政の監督に責任を負ふべき市議会議員ならばともかく、他に生業を有する一般住民がホームページに公開された情報に隈なく目を配り、問題点を見出した場合に情報公開請求を行つて精査することが現実的に可能であらうか。さらに云へば、情報公開請求をするにして当該資料を複写する際には、必要経費が発生する。

 

 形骸化している監査委員制度

 地方自治法第百九十八条の三には、「監査委員は、その職務を遂行するに当たつては、法令に特別の定めがある場合を除くほか、監査基準(法令の規定により監査委員が行ふこととされてゐる監査、検査、審査その他の行為(以下この項において「監査等」といふ。)の適切かつ有効な実施を図るための基準をいふ。次条において同じ。)に従ひ、常に公正不偏の態度を保持して、監査等をしなければならない」と定められてゐるが、住民全体の利益を保護するためといふ制度の目的に鑑み、その運用に際しては住民の権利を出来る限り尊重することが求められよう。請求の具体的内容に踏み込んで何らかの判断を下すならともかく、形式的論理を振り翳して住民の訴へを「門前払ひ」する監査委員の姿勢に強い不信感を懐かざるを得ない。

 因みに、この決定は公明党所属の市議会議員でもある浜田けい子氏が一人で行つてゐる。と云ふのも、もう一人の監査委員である市職員OBの名古屋友幸氏は総合政策部長として「懇談会」に関与していたため、「監査委員は、自己若しくは父母、祖父母、配偶者、子、孫若しくは兄弟姉妹の一身上に関する事件又は自己若しくはこれらの者の従事する業務に直接の利害関係のある事件については、監査することができない」といふ地方自治法第一九九条の二の規定に基づいて除斥されたからだ。とは云へ、単独で結論を出したといふことになり、監査の結果報告などは監査委員会の合議によると定めた同百九十九条第二項と矛盾しており、法の不備が露呈した。

 残る浜田氏にしても、市議会議員として「懇談会」の設置を容認したばかりか条例案の採決で賛成してをり「利害関係」がないとは云へない。加へて、同じく公明党所属の市議会議員である落合勝利氏が「懇談会」の委員として報酬を受け取つてゐた。このやうな体制で、「公正不偏な監査」が成立するとは思へぬ。

 地方自治法第一九六条には、「監査委員は、普通地方公共団体の長が、議会の同意を得て、人格が高潔で、普通地方公共団体の財務管理、事業の経営管理その他行政運営に関し優れた識見を有する者(議員である者を除く。以下この款において「識見を有する者」という。)及び議員のうちから、これを選任する。ただし、条例で議員のうちから監査委員を選任しないことができる」とあり、必ずしも市職員OBや市議から監査委員を選ぶ必要はない。近隣自治体のうち予算規模も同程度の三鷹市に問い合はせたところ、監査委員のうち一人は市議だが、もう一人は公認会計士の資格を有する外部人材を選任してゐるといふ。

 また、同第一九五条には「監査委員の定数は、都道府県及び政令で定める市にあつては四人とし、その他の市及び町村にあつては二人とする。ただし、条例でその定数を増加することができる」とあり、増員の余地もある。例へば、板橋区は区議から二人、有識者から二人、計四人の監査委員を選任してゐるが、有識者のうち一人は税理士の資格を有する外部人材(残る一人は区職員OB)である。人材に限りのある地方の過疎自治体ならともかく、外部の有識者を選任し易い都市部において、市職員OBと市議が監査委員の地位を独占し続けてゐるといふ現状は、コンプライアンスを重視する観点からも好ましいとは云へないだらう。

 

 他自治体から注視される武蔵野市

 これまで述べて来た通り、武蔵野市においては監査委員が十分な役割を果たしてをらず、「考へる会」としては司法判断を仰ぐべく行政訴訟に踏み切ることにした。そこで問題となるのは費用だ。これまで「考へる会」は筆者を含む有志の手弁当で運営してきたが限界に達しつゝあり、読者諸兄姉におかれても御支援を賜りたく御願ひ申し上げる(本号56頁上段に詳細)。

 その一方、「考へる会」の問題提起が武蔵野市のみならず他自治体に波及し始めた。その一つ、千葉県浦安市の「まちづくり基本条例」を巡る顚末については、本号掲載の折本龍則氏(浦安市議)の報告を御一読頂きたい。また、筆者のところに他自治体関係者から問ひ合はせを頂いてゐる。

 加へて、大阪府豊中市の市議会でも、大阪維新の会所属の藤田浩史氏により、武蔵野市の事例が取り上げられた。平成十九年四月に制定された豊中市の市民投票条例では、武蔵野市の住民投票条例案と同じく、日本人と外国人とを区別することなく同等の条件で投票権が認められてをり、武蔵野市議会においても先行事例として紹介されてゐる。

 以下に、同市在住の増木重夫氏が主宰する『MASUKI情報デスク』に掲載された藤田氏と市当局の遣り取りから一部を紹介しよう。

 

質問(藤田市議)

 ……武蔵野市議会で否決されました住民投票条例案と同様の豊中市市民投票条例について、投票資格者の外国人の範囲が、当初は三年を超えて在留する外国人にも投票を認めるとされていたところ、最終報告書では、永住ではない在住三か月の外国人と変更がなされてをります。その理由と当時の市の考へ方についてお聞かせください。

答弁(担当部長)

 ……外国人市民の投票資格についてですが、当時実施したパブリックコメントで、日本人と同様の要件が望ましいといつた意見があり、市民が国籍に関わらず市政について考へることができるよう市が情報提供に努めることで、外国人市民も意見表明が出来ると考へ、投票資格を三年から日本人と同様の三か月に修正したものです。

質問(藤田市議)

 行政の責任において情報提供に努めるので外国籍の方の投票資格要件の在住期間を三年から三か月に変更しますといふのは、理解し難いです。

 ……本市の自治基本条例・市民投票条例についても、附属機関の実態を有すると監査結果で結論づけられた(それゆゑ、条例ではなく要綱に基づいて設置された点で違法の疑ひを払拭できぬ―金子補足)委員会が作成した原案で取りまとめられたものです。そして、市民投票については武蔵野市の件で豊中市の条例を知り多くの市民からご心配の声も頂いてゐますので、条例改正を考へる必要性があるのではないかと思ひますが、市長のお考へをお聞かせください。

答弁(長内繁樹市長)

 ……要綱に基づき設置された機関ではあつても、当該検討委員会でしっかりと議論を重ね、最終の報告書が策定されたと認識してゐます。

 その上で、当該検討委員会からの最終報告書等を踏まへ、パブリックコメントで条例素案に対する市民の皆さんの意見をお聞きし、最終の条例案として取りまとめました。その条例案を議会に提案し、議決されたものであり、多文化共生やダイバーシティなど、制定当時よりさらなる推進が求められてゐることから、改正の必要はないものと考へてゐます。

意見要望(藤田市議)

 ……現在の世界情勢を見ても、いつ何が起こるかわかりません。その中で、設置されてから今日まで一度も市民投票は行はれてをらず有名無実化してゐてリスクだけがあるこの条例を設置しておく必要はあるのでせうか。……

 

 加へて、豊中市と同様の住民投票条例が制定されてゐる神奈川県逗子市においても、当時の市長であつた長島一由氏が「国防や警察など国益に関する投票は日本人に限る」ことを視野に入れるべきと発言してゐる。長島氏は本年十二月の同市長選に立候補を表明してをり、当選後に条例の改正を提案するかもしれない。

 さうした各地の動きが拡大するか否かは、武蔵野市の動向に掛かつてゐる。筆者も「考へる会」の代表として全力を尽くす所存である。