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【論説】「平等」で惹かれ合うマスコミと民主主義とリベラル

※イメージ画像

 

生活が苦しいと、人々は今そこにある課題を最優先し、迫りくる将来の危機を二の次に考えてしまう。バブル経済が崩壊した1990年代以降、有権者が政治家に求める優先順位は常に「景気」だった。

 

国民が政府に抱く要求は常に近視眼的で、長期の国家観や外交的な視点が欠けている。50年後や100年後の日本がどうあるべきかなど、どうでもいいと言わんばかりの我田引水ぶりである。

 

例えば戦前の対米強硬論。日清・日露戦争と負けなかった神風神話に陶酔したマスコミが煽り、多くの大衆は騙された。当時としては少数派だったかもしれない反戦の声は「欲しがりません勝つまでは」というプロパガンダに搔き消されて、国家滅亡の危機に突き進んだ。

 

戦後も多くの民意が誤り続けた。

 

1960年の日米安保条約改定を巡る安保闘争。左翼活動家が扇動し、マスコミも改定に批判的な立場が多く、実務上の必要性から改定を推し進めた岸信介内閣は総辞職と引き換えに自然成立の形を選択した。

 

今思えば、この改定締結を破棄し、単独で軍隊なき国家が集団安全保障を拒否していたら、とうの昔に日本国は消滅していた。もしかしたら、社会主義や共産主義に共鳴する人々は、ソ連や中国に支配されて共産化する列島の姿まで想定して火炎瓶や爆弾を手にしたのかもしれない。10年後の1970年には更なる過激組織である赤軍派を生み出した。

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