kokutai「日本への回帰」「揺るぎなき国体」

【日本への回帰】 陸軍記念日と東京大空襲  荒岩宏奨(展転社代表取締役)

 ロシアがウクライナに侵攻し、ロシア軍の空爆によってウクライナの民間人が犠牲になるなかで、3月10日を迎えた。戦後の3月10日は東京大空襲の日として知られているが、戦前は陸軍記念日と定められていた。

 明治38年、日露戦争の奉天会戦で帝国陸軍が勝利したのが3月10日であった。そこで寺内正毅陸軍大臣が明治39年1月25日付で「明治三十七八年戦役に於ける陸軍記念日を三月十日と定む自今毎年同日を以て陸軍一般祝意を表すべし」という布告を発した。これにより、3月10日が陸軍記念日と制定された。なお、海軍記念日は5月27日であり、日露戦争での日本海海戦にちなんだ日付である。

 この布告には「明治三十七八年戦役」とあるのだが、これは日露戦争のことである。なお日清戦争は「明治二十七八年戦役」と呼ぶこともある。明治天皇が交戦国名を挙げることを好まれなかったことから、このような名称になったと聞いたことがあるのだが、出典は不明で確証がない。私は昭和5年生まれの年輩者から聞いた。その年輩者も先輩から教わったということであった。

 大東亜戦争中の昭和20年3月10日未明、米軍機B29が東京を空爆。米軍はあえて陸軍記念日を選んだと言われている。B29が投下した焼夷弾によって、死者10万人超、負傷者15万人超という大惨事となった。これは無差別爆撃であり、国際法違反の戦争犯罪である。戦争中であっても許されない一般市民の無差別虐殺である。

 この空襲は用意周到だった。アメリカは日米開戦前から、日本の都市は木と紙でできた家屋が密集しているので焼夷弾で焼き払うことが最も効果的だという研究結果を得ていた。そして昭和19年初旬にはユタ州にあるダグウェイ実験場で焼夷弾実験を行っている。

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