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【論説】狂犬いや強権国家ロシアの悪魔的DNA

※イメージ画像

 

現在、ウクライナ国境に12万とも17万とも言われる軍隊を配備しているロシア。プーチン大統領は北大西洋条約機構(NATO)に対し、これ以上の東方拡大をしないことと、東欧での軍事展開を縮小することを圧力緩和の条件としている。

 

なぜ、プーチンはNATO拡大に神経過敏なのか。

 

ロシアは歴史上、1812年6月にナポレオン率いるフランス軍に、1941年6月にナチス率いるドイツ軍に領土侵略を許し、いずれも返り討ちにして独裁者を退潮に追い込んだ。結果だけを見れば強力な国家だが、いずれも多大な犠牲によって故国を死守したトラウマを抱えた国でもある。ロシアでは前者を祖国戦争、後者を大祖国戦争を呼ぶ。

 

祖国戦争では公式発表で21万人の犠牲者だったが、モスクワは焦土と化した。大祖国戦争の主戦場は南部の都市スターリングラードで、ヒトラーが自軍の撤退を許さなかったことから住民を巻き込んだ大殺戮が展開された。第二次世界大戦全体では旧ソ連当時の総人口1億9,670万人の13.5%にあたる2,660万人が犠牲になったと言われている。目を疑う数字である。日本が310万人前後、ソ連の直接の交戦国となったドイツでさえも大戦全体で800万人とされていることから、犠牲者数だけを見ればソ連の圧倒的敗北だったことが見てとれる。

 

この悲惨な犠牲者数の裏には、1930年代に繰り広げられたスターリンによる大粛清が大きく影響している。優秀な軍参謀を次々と粛清した結果、独ソ戦におけるソ連軍は戦略も統率もない烏合の部隊となり、敵国の数倍に上る犠牲者を出すことになった。連戦連敗の中でゲリラ戦を展開し続けた結果、ナチス軍は伸び切った兵站や食糧不足、冬将軍に根負けした。

 

ロシア・ソ連の歴史は、領土拡張の歴史である。帝国主義が世界を覆い尽くした19世紀から20世紀にかけて、英国との間で植民地獲得競争を繰り広げ、東欧や中東で度々火花を散らした。第二次世界大戦も、最終的にソ連は戦勝国になっているが、きっかけはナチスドイツへの協力から始まった戦争であり、連合国には程遠い立場だった。1939年8月23日に独ソ不可侵条約が電撃的に締結されると、ナチスが9月1日にポーランド侵攻を開始、英仏が宣戦布告するに至った。ソ連はナチスと歩調を合わせて9月17日にポーランドを侵略。東西で領土を分断させ、東側をソ連にあずける形でナチスはフランスへの攻撃を開始した。

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