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石原慎太郎先生を追悼する  堀 芳康(國體護持研究)

私が初めて石原慎太郎氏を見たのは、今から10年前東京都知事時代の都議会でした。土屋たかゆき先生の「日本国憲法の知事の見解を聞く」一般質問の答弁をされました。

その中で石原都知事は下記のように答弁している。

「ドイツもですね、日本に先んじて数ヶ月前に降伏しましたが、ドイツと日本の降伏の形とは違う。ドイツはですね、勝ったり負けたりした過去の戦争の体験がヨーロッパにありますから、非常に大事な事を連合軍に言いました。

それは「我々が降伏した後の国を建て直すための基本法の憲法は、私たち自身が作る」もう一つは「戦後の教育の体系は私たちが作る。一切外国の干渉は受けない。それがですね、許容されないなら私達は降伏をしない」と言い渡して、まあ、連合軍もそれをのんでですね、ドイツは降伏しました。

日本の場合はどうなんでしょうか。

無条件降伏と称してるのがマッカーサーの演説でありますけども、いずれにしろ私たちは残念ながらそういう強い注文をつけずにですね、まあ、一種の敗戦という処女体験をしたわけでありますが。ともかく、この憲法がですね、占領軍が占領してる地域というものを支配するための一つの基本法でありましてですね、それ以外の何ものではない。」

と答えられて、この憲法も独立後も墨守することはありえない。しっかりした政権が出来れば、改正などする必要はなく、廃棄する事が望ましいと仰られたのです。

日本は敗戦後、国家として生きていくべき憲法を米国に差し替えられた事で、様々な矛盾が生じてきました。それは一重に、この憲法が占領基本法というものであって憲法ではないという事をひろく世間に知らしめてくれたのです。

考えてみれば、戦後日本の国内で誰が勝っているのかと言えば、敗戦利得者です。米国の力と脅しに屈して、国際法的にも手続き上もありえないものを憲法として恰もそれが有効であるとしてきた人達によって、この国の政治家、知識人、メディアが存在している。

自ら力に屈した連中がこの国の中枢に蔓延り、力に屈している事を常識とか賢明とかいう美辞麗句で繕い、米国が自衛権を奪い、日本の伝統文化や日本人としての精神を破壊し続ける占領憲法を守ろうとしている。

日本は、大日本帝国以来、国家として対外的独立を果たした事はなく、本当の国家がどんなだったのかを忘れてしまう中、戦後の経済成長を欲しいままにしてきたが、今やそれまでも米国に干渉されるようになって、国民の貧困化がとまらない。

繁栄から滅亡への坂道を転がり落ちる今、国家としての主張は憲法を取り戻す事から始まる。その事を知らしめてくれた石原先生に感謝し、追悼の意を表したいと思います。