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【論説】誰もが陥る依存症という蟻地獄

※イメージ画像

 

ある浪人生に英語を教えている。高校1年の頃は偏差値60以上ある都立高で学年10位以内に入り、学年表彰の常連だった優等生。今は通信制で卒業資格を取得し、大学進学を目指す理系の受験生である。

 

彼のように頭の良い生徒というのは、難関校に合格する可能性が高いので、塾や予備校、高校にとっては実績をアピールできる大切な逸材である。学費が入らずとも生徒集めに貢献してくれる存在なので、多くの私立教育機関では学力テスト上位成績者を奨学生として年間無料とする制度を設けている。しかし、今の彼にその資格や実績は何もない。

 

組織とは対照的に、私のように出来の悪い講師にとって、こうした優等生はあまり歓迎しない生徒である。教えずとも1人で学習できるし、たまに「分からない」といって質問してくる内容はハイレベルなので、場合によっては即答できないこともある。同じ授業1コマでも、こちらの説明を唯々諾々と聴き続けてくれる生徒に比べ、求められる難易度や集中力は相当高く、脳が大量のカロリーを摂取するせいか、授業後には空腹になっていることが少なくない。ゲームや漫画で言えば、強キャラの難敵である。

 

さて、冒頭の浪人生に対する授業も、難解な長文を宿題にして、授業では文章に出てくる文法や単語の解説を行ってきた。どんな角度で質問されても答えられるように、怪しい単語は語源もチェックし、文章内容の背景やエピソードにも検索をかけて話題を用意し、1時間きっちりと解説できるよう、毎回の準備に時間をかけた。

 

それでも、何度か立て続けに授業をキャンセルしたので、「簡単すぎるのかな」と悩んでいたところ、スタッフを通じて「宿題がプレッシャーになっているので暫く出さないでほしい」との要望を受けた。宿題に出てくる問題の解答は毎回ほぼ正解で、とても重圧を受けているとは思っていなかったので意外だった。更なる要望として、「受験に関する悩みがあるようで、次回は本人の話を聴いてあげてほしい」という。

 

出来の悪い講師としては、教える自信のない英語の授業をするよりも、お悩み相談を聴く方が遥かに饒舌に語れるので大歓迎である。そして授業当日。本人が打ち明けた悩みとは、重度のゲーム依存症だった。最初に自己紹介した際にも本人の口からその旨は聴いていた。現役時代もゲームから脱却できず、結局受験すらもしないで終えたと言っていた。

 

一浪となった現在も、依存症は改善されない。依存症の恐ろしいところは、「このままではダメだ」という危機意識が高まれば高まるほど、一瞬でも現実逃避できるゲームやギャンブル、麻薬、アルコールなどドーパミンを一時的に大量放出してくれる刺激的な依存物に精神や体を委ねる。もがけばもがくほど穴の中心へと引きずり込まれる悪循環が繰り返される。蟻地獄にも似た「脳内物質の罠」。快楽を得んがために行動する人間の弱点そのものである。

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