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菅政権発足から1年‼ 総裁選に不出馬。長期政権は夢のまた夢に  鳥居徹夫(元文部科学大臣秘書官)

菅義偉首相(自民党総裁)は、9月3日に開かれた自民党の臨時役員会で、任期満了に伴う総裁選(9月17日告示、29日投開票)に立候補しないと表明した。

昨年9月16日、国会で第99代内閣総理大臣に、菅義偉が選出された。

発足当初は高い支持率であった。菅義偉内閣に期待が大きかったからとみられてからである。菅首相は、安倍内閣の官房長官であり、安倍路線の継承とみられたことも、当初の高支持率の背景にあった。

菅政権が発足した昨年秋は、新型コロナの第2波が終息時であった。

自民党の議員や候補予定者は、菅首相が解散総選挙に打って出ることを期待し、勢いづいていた。ところが菅首相は、解散総選挙に打って出なかった。

菅首相は、こともあろうに長期政権を視野に入れ、2021(令和3)年9月の自民党総裁選挙での再選に意欲を示した。菅首相は、携帯電話料金の値下げ要請などで、成果を出し求心力を高めようとしていたようだが、それが裏目に出た。

菅首相と二階俊博幹事長は、安倍政権の時も含めてだが、ポスト安倍の有力候補であった岸田文雄、石破茂の芽を摘んだ。

当時、菅義偉にとって、気にかかるのが安倍前総理の再登場ではなかったか。

その菅首相に付け込んだのが二階俊博幹事長と財務省であった。

 

菅義偉政権の支持率は急流下り、上がることがない 

菅政権は、内閣支持率は発足当時7割近くあり、国民の期待を集めたが、直近の支持率は3割台に半減し、年明けから菅内閣を「支持する」より「支持しない」が上回った。まさに急流下りで、下降するだけで上ることがない。

 さらに国政選挙では4月の3つの補選で全敗、東京都議選では議会第一党に返り咲いたものの自公で過半数に達しなかった。

8月22日には菅義偉首相の地元である横浜市長選で、自らが支援した候補が野党系候補に大差で敗れた。

自民党は、8月21~22日に全選挙区の情勢調査をおこなった。4割を占める当選3回以下の自民党議員にとって、その調査結果はショックだった。中でもⅮランク(落選見込み)が現職で40議員もいたという。

自民党の支持者は、現総裁の菅義偉に幻滅している。

9月17日告示、27日投票の総裁選挙は、議員票と党員票が同数383。

総選挙が近く、自民党の選挙の顔を選ぶフルスペックとなった。党員票では菅義偉が出馬しても、限りなくゼロに近くなると思われ、それ以前に「総裁選の立候補に必要な20議員の推薦人」が集まる見通しすらも立たなくなった。

菅首相が不出馬を表明したのは、衆院選を前に「菅義偉では戦えない」との不満が与党内で渦巻いていたからと言われる。

自民党が70議席減ると自公で過半数割れになる。

 

消費税率の10%到達を、2度も延期した安倍政権 

菅義偉政権になって、安倍総理が熱意を示していた安全保障、とりわけ憲法改正や敵基地攻撃能力の保有検討は、いつの間にか蒸発した。この敵基地攻撃能力はイージスアショアの配備中止に伴うものであった。

菅首相は、安倍内閣との違いを見せようとしていたようだ。

実際に菅首相を支えていたのは二階俊博幹事長と、安倍政権から距離をおかれていた財務省であった。

財務省は、安倍総理の金融緩和などの積極財政政策に、以前から快く思っていなかった。

菅首相は、幹事長の二階俊博の言いなりで、しかも財務省の緊縮路線に乗ってしまった。つまり安倍路線の継承ではなかった。

民主党政権のとき、「社会保障と税の一体改革」で自民党や公明党と三党合意があり、消費税の税率を5%から8%、8%から10%への道筋がつけられた。

ところが安倍政権は10%引き上げの既定路線を延期した。それも2回であった。

最初の延期のとき、財務省だけでなく野党に転落した民主党も反発した。

安倍総理は2014(平成26)年に解散総選挙で国民の信を問うた。いわゆる「消費増税シナリオ潰し解散」で、税率アップを先延ばしにした。

安倍首相は衆参の国政選挙に6連勝で、衆参とも3分の2を確保した時期もあった。

財務省は昨年、新型コロナ対策で「生活困窮世帯に絞って現金(30万円)給付」を既定路線としようとしたが、安倍政権に潰され予算案修正となった。そして世帯単位でなく国民一人ひとりを対象に、一人当たり10万円の給付となった。

財務省にとっては、コントロールできない安倍首相は不愉快な存在ではなかっただろうか。

安倍総理は、消費税率の10%達成を4年も遅らせ、しかも国民全員に定額給付金を支給するなど、財務省のポリシーに逆行したのである。

 

予算と税制を担い、国税庁も傘下の財務省パワー

マスコミでは「安倍一強」との見出しであったが、安倍首相も財務省には相当てこずっていた。

財務省は、予算と税制の実務を担っており、さらに国税庁も傘下にある。それが財務省のパワーでもある。

国会議員も、地元や支援組織の予算づけ、税制関係でお世話になっているし、国税庁に睨まれたくない。

安倍首相にとっても、自民党内の結束や政権の求心力から見ても、消費税の増税延期は2度が限度であった。2019年10月に消費税を8%から10%に上げたが、その直後から景気が下降局面となった。

そして2020年の年明けからはじまった新型コロナの感染拡大は国民生活を直撃した。

実際、安倍政権が一枚岩のように見えたが、その結束を支えていたのは、内閣では菅義偉官房長官。自民党では二階俊博幹事長であった。

それは安倍首相も十分すぎるほどわかっていた。安倍内閣の閣僚任命で、菅グループは適齢期の大臣病患者を推薦した。

菅原一秀であり河井克行であった。二階派では、吉川貴盛、今村雅弘、江﨑鐵磨、桜田義孝など、問題があり野党から追及される大臣適齢期の議員を大臣に押し込んだ。

安倍内閣では「閣僚の身体検査が甘い」と酷評されたが、その身体検査を担当したのが菅義偉官房長官であった。

これら問題議員を閣僚にし、その尻拭いを安倍首相にさせた。菅義偉や二階俊博が首相だったならば、絶対に閣僚にしない人物だった。

そうなると安倍内閣の次の政権では、問題のない議員を閣僚にできる。実際、菅政権では閣僚の不祥事は指摘されなかった。

菅内閣の閣僚で交替したのは、オリパラ担当大臣の橋本聖子と横浜市長選挙に転出を図った小此木八郎だけであり、不祥事ではなかった。

 

◆菅政権に財政規律を求めた立憲民主党議員 

財務省は、コロナ対策で財政出動が重なり、財政規律が緩むとの理由で危機感を強めている。

年明け1月に、菅首相の政務秘書官が代わった。菅義偉事務所の秘書から財務省出身者になった。

事務取扱の秘書官には財務省、経済産業、厚生労働、外務、防衛、警察から6省庁から派遣されている。政務秘書官は各省庁から派遣される6人の事務取扱を束ねる役割だが、それを財務官僚が担う。つまり首相秘書官は、7人すべてが中央省庁出身となり、財務省派遣は2名を占める。(8月に菅義偉事務所の元政務秘書官が復帰し秘書官が8名となった) 

菅義偉は、首相就任時に「国民のために働く内閣」を表明したが、実態は「財務省のために働く内閣」であった。

2月15日の衆議院予算委員会で、立憲民主党の野田佳彦(元首相)は、「国の財政も緊急事態だ」と菅内閣を問い詰めていた。まるで財務省の代弁者である。

 野田佳彦は「財政健全化の道筋を明らかにせよ」「財政健全化について菅内閣総理大臣から明確なメッセージを」と提起したのである。

ガソリンにかけられている炭素税(温暖化対策税)の本格導入の動きもある。これは菅首相が通常国会の所信表明演説で、グリーン社会実現を掲げて「2050年までに温室効果ガス排出ゼロ」を宣言し、取り組む決意を表明したことによる。

財務省は、コロナ対策と経済の両立、すなわち国民の生命と生活を守ることよりも、財政規律を優先する。

最大の障害は、財政出動に後向きの財務省。その財務省に苦戦を強いられているのが政府と自民党である。

まさしく官邸にとっては、「前門の野党、後門の財務省」。

もっとも菅首相も、野田佳彦との質疑で「経済あっての財政である」と反論はしていたが。

 

◆財務省べったり政権は短命。距離を置くと長期に 

菅義偉政権は、麻生太郎政権や民主党の野田佳彦政権によく似ている。いずれも衆議院議員の任期切れ直前、追い込まれ解散である。

麻生太郎政権のとき、菅義偉は自民党の選挙対策副委員長だった。選対委員長は古賀誠で、全国調査で麻生首相の就任直後の解散では、自民党は敗北との報告をまとめた。そのため麻生首相も解散を断念した。

その直後にリーマンショックもあり、解散総選挙は任期満了に近くなり、敗北どころか惨敗を喫した。自民党は政権から転落、民主党政権となった。

任期満了に近くなると、追い込まれ解散になり政権党に不利になる。民主党の野田佳彦政権の「近いうち解散」も、敗北どころか惨敗で政権交代となった。

麻生政権は、リーマンショックの経済悪化で効果的な施策を打ち出せず、雇用情勢は最悪だった。

派遣切りによる「年越し派遣村」は国民の猛批判を浴びた。

 財政出動は小出しで「ツーレイト・ツースモール」だった。庶民の多くは年を越すのが大変だった。

野田政権の時は、東日本大震災の直後で、消費税率を5%から10%に引き上げるため「社会保障と税の一体改革」を進めた。

東日本大震災の復興財源として、前任者の菅直人が、「消費税引き上げのチャンス」と、財務省のお先棒を担いだ。その後を受けたのが野田首相だった。

野田首相は、消費税率アップへ自民・公明を巻き込んだ「3党合意」で、法改正し道筋をつけた。

ただ麻生政権や野田政権の時は、政権交代を願う国民の機運もあり、しかも野党の支持率が高かった。

麻生・野田政権では、スキャンダル、失言などで閣僚の辞任が相次いだ。

ところが菅政権では、不祥事で辞任を余儀なくされる大臣はなく、野党の支持率は「さざ波」程度。そこが麻生・野田政権と菅政権との大きな違いである。

ところが菅政権には、コロナ対策や経済支援などの国民の反発は強い。

菅政権には、自民党に「お灸をすえよう」との声も強く見られ、選挙基盤の弱い自民党議員の怨嗟の声が、長期政権を狙う菅義偉に届かなかった。

8月の横浜市長選では、「ハマのドン」と称された保守系の藤木幸夫(港湾関係の企業体、藤木グループ会長)までも、立憲民主党や共産党が推薦する候補者の支援に回った。

菅義偉首相は、財務省の財政緊縮路線や財政均衡(プライマリーバランス)に迎合し、今年度は国民生活支援の大型の補正予算すら、組もうとしなかった。

 安倍政権では、国民ひとり一律10万円給付などで、財務省の抵抗を押し切ったという記憶が国民に鮮明に残っている。

財務省は、昨年度2020年度のような定額給付金の一律配布だけは阻止したいとの執念を持っているようだ。

 安倍政権は、麻生・野田政権のように、菅政権は財務省のパペット(操り人形)にならなかった。

民主党の野田内閣は、パペットというより「パーなペット」であった。

財務省の言いなりになった麻生政権、野田政権は1年で崩壊した。

一方、財務省と距離を置いた安倍政権は7年8ヵ月の長期政権であった。

 

新総裁の課題は、一日も早く通常の国民生活・経済活動に戻すこと 

いま求められているのは、国民の生命と生活を守り、雇用情勢を改善することである。

昨春の国民一人あたり10万円給付は効果があった。いわば「逆・人頭税」ともいえるものだった。国民の財布を不十分ながらサポートした。

国債残高が増えているが、長期金利は上昇するどころかマイナス金利で、ハイパーインフレどころか毎年2%の物価目標も達成しない。

米国のバイデン大統領は、コロナ対策とし日本円で200兆円を計上し、すでに議会で法律が成立した。所得制限はあるにしても、そこには1人約15万円の現金給付を実施することも含まれていた。

そもそも現行の支援制度は、事業者や生活困窮者を対象とするコマ切れ対応である。

審査の基準は何なのか、不公平が生じないか、どのように判断するのか、などの問題点が指摘されていた。しかも対象は申請者のみである。

これらは、いずれも申請書類が多く審査に時間がかかり、使い勝手が悪すぎる。

たとえ財政拠出が国であっても、窓口である地方自治体の業務は大変である。

個人への救済制度や、事業者への支援制度を知っているかどうかで、違いが生じる。国や地方自治体の行政情報を多く知っているものと、情報貧者とは大きく差がつく。

 生活困窮世帯が増加している時期は、なるべく対象を選別、分断をせず、一律で給付することが望ましい。また審査に時間がかかることもない。

ならば昨年のように、国民一律の定額給付金の支給の方が早い。

立憲民主党なども、財務省に迎合して財政規律を強調している。与野党とも、財務省の財政緊縮路線を攻撃しない。一部野党と財務省の思考回路は同じである。

立憲民主党は、むしろ財務省の別動隊の役割を果たしている。

新しい自民党総裁、そして新総理に期待されるのは、一日も早く通常の生活、経済活動に戻ることである。それには言うまでもなく政治の役割が大きい。(敬称略)