tajikarao「タジカラオの独り言」

―国民の絆― 野伏翔(映画監督)

 散々な紆余曲折を経てようやく開催にこぎつけた感のある今回の東京オリンピックだが、いざ蓋を開けてみると日本選手の連日の奮闘ぶりに日本中が沸騰している。水泳、柔道、スケボー、卓球とメダルラッシュが続いているが、特に一昨日金メダルを受賞した阿部一二三、詩の兄妹勝利の瞬間には私も目頭が熱くなった。素直に勝利を喜ぶ妹も可愛かったが、勝って尚表情を変えず、正座して畳に手をついて一礼してから退場した兄一二三は、日本武士道の美しさを世界に示してくれた。そして昨夜は卓球で中国を破った水谷,伊藤のペア。この二組の男女の金メダル受賞には、これまでに味わったことの無い温かい感覚に日本中が包まれた。

最近は行き過ぎたフェミニズム運動のため、男女の仲が不必要に対立的で潤いのないものになってきたように感じていたが、男と女が二人で力を合わせる姿、それは今回兄妹、先輩後輩と言う間柄ではあったが、人間の根源的な姿であり健全で明るい未来を保証するものである。

古来「君が代」の「君」の意味は漢字が到来する前のキミでありクンではなかった。キはイザナキのキ、ミはイザナミのミ、から来たという説がある。キとミが一つになってキミ、つまり人間。その人間たちの平穏と幸福を祈り続ける天皇を君=きみと呼ぶことも同時に自然なことであった。だから「君が代は千代に八千代に」と言う日本の国歌程、愛に溢れた国歌は他に無い。

 そしてふと思った。この日本選手たちを応援し勝利を喜ぶ自分の心、この子たちを可愛い、愛おしいと思う心は、かつて自分の子供たちが幼い頃、学校の運動会で我が子に声援を送った時のものと非常に近い感情であることを。つまりこれが八紘一宇の家族的国家に生きる者同士の自然な「同胞意識」と言うものであろう。今回のオリンピック開催に最後まで反対している共産党や立憲民主党の人たちには、この同胞を我が子と思う感覚が希薄なのだろう。だから彼らは拉致被害者を助け出すために必死になろうとしない。13歳の少女が北朝鮮に連れ去られ監禁されていてもまるで他人事で、我が子が攫われたような憤りと焦りを持てない。更には国旗日の丸と国歌君が代への愛が無いのだから、そもそもオリンピックなどに好感を持つはずがない存在なのだ。

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