yukoku「憂国の風」

国体とは何か~三島由紀夫「文化防衛論」について(その4)   玉川博己(三島由紀夫研究会代表幹事)

「文化防衛論」は、いわゆる従来の右翼の考え方とはかなり違っていたし、実際右翼からの批判もあった。よく三島由紀夫は右翼だとか、軍国主義だとか批判する人はいたが、三島由紀夫ほど言論の自由、思想の自由を重要視した人はそういなかった。たとえ左翼であっても、三島由紀夫はその言論の自由を尊重していた。三島由紀夫がこの「文化防衛論」で言いたかったのは、いわゆる全体主義、共産主義に対しては闘うということ。言論の自由を否定するもの、左翼全体主義に対しては断固として闘うという反革命宣言なのである。だから、「文化防衛論」に対する右翼からの批判は、もちろんあった。

 また、右翼や保守からの批判は、その前の「英霊の聲」に対しても相当あった。畏れ多くも昭和天皇を批判し奉るとは何事か。天皇に対する不敬、不忠者という声もあったが、三島由紀夫はまったく意に介しませんでした。あれは文学作品でのセリフであるから。当時の左翼なんかは、まったく理解できなかったのではないだろうか。

「英霊の聲」の「などてすめろぎは人間となりたまいし。」は、昭和天皇の人間宣言に対して、絞り出すような失望と悲しみを感じる。

 ただし、「人間宣言」という呼称は、GHQとマスコミが勝手につけただけなのである。後に、昭和天皇は記者会見で、人間宣言はどういう意味があって出されたのですかという質問に「人間であると言ったつもりはない」とお答えになられている。もともと日本には民主主義がある、明治天皇の五箇条の御誓文があることを示したかった、というのが昭和天皇のお気持ちであった。その後半で、「汝臣民との紐帯は架空なる観念によるものにあらず」というところを、マスコミは神話を否定したと解釈したのである。しかし、あれは神話を否定したことにはならない。事実、戦後の保守派は先に述べた平泉学派も含めてほとんど問題にしていない。つまり現在にいたるまで日本の国体は護持されていると。ただ、三島由紀夫は、それを一番問題にしたのである。

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