cc「中朝国境の旅」

連載第51回 中朝国境の旅   奉天 懐かし 野牧雅子(宮塚コリア研究所研究員)

 鴨緑江側に行くときは、必ず、桃仙空港に降り、迎えに来た車に乗り、瀋陽まで行く。桃仙空港空港に降りたとたん、必ず咳が出る。特に瀋陽の冬の空気は悪い。ここに長く住んでいたらきっと、悪い病気になるような気がする。各家々の暖房に質のよくない石炭が使われるからだそうである。コロナ禍の以前から、中国では色とりどりのマスクが便利店(コンビニ)や超市(スーパーマーケット)などで売られていた。 しかし、聞くところによると、北京や重慶ではさらに深刻な大気汚染があるという。

令和3年の初頭、この冬、中国では史上最も大規模な停電が起きていて、気温が摂氏3度に下がるまで暖房はつけてはいけない、というお触れが出ている地域があるという。中国の国民がきちんとこれを守ればきっと空気は綺麗になっているはずだが、空気が汚いのと、寒い思いで3度まで暖房なしですごすのと、どちらがつらいだろうか。

 さて、ここのところ、平成24年の写真をご紹介しているが、原稿を書きながら、この時の鴨緑江訪問では、ずいぶん、意味深い写真がたくさんあることに気付いた。それだけ、収穫が大きかったということだ。北朝鮮側の写真も貴重だが、中国側の写真に見るべきものがたくさんある。

 今回ご紹介するのは、引き続き、平成24年3月の写真。夫宮塚利雄(宮塚コリア研究所長)と私は、朝、ホテル周辺を散歩するのを楽しみとしていた。以前にも、中国の街並みを多く紹介したが、今回も街並み写真を紹介する。

 瀋陽は日本統治時代、奉天と言った。奉天とは、満州語でこの地がムクデン・ホトンと呼ばれたことによるらしいが、歴史の中で、瀋陽と奉天はたびたび入れ替わって呼ばれてきた。戦後はずうっと瀋陽であるが、街の中に時計台があり、そこに、「奉天」と書かれている。日本の領事館や北朝鮮の経営するホテルなどもあり、おそらく、当時も今も、闇の情報が飛び交う地域であるに違いない。

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