cc「中朝国境の旅」

【中朝国境の旅】 連載第49回 思い出の丹東 鴨緑江 野牧雅子(宮塚コリア研究所研究員)

恥ずかしながら、「満州」という地が日本の近現代史に残した影響は、台湾、朝鮮半島と共に大変大きいものであることを、大人になるまで知らなかった。というより、齢五十を過ぎて夫と共に中朝国境に赴くまで全く意識をしたことがなかった。

夫と中朝国境を旅するようになり、この地は常に「台風の目」になる可能性を秘めた地であることをつくづくと感じた。最初に行ったところは延辺自治州であった。延辺はその頃、大変親日的な地域であった。朝鮮料理の参鶏湯(サムテタン)を食べに入った店では、奥からその店の人々がぞろぞろ出てきて、「私は日本が好きだ。行ってみたい。」「日本の話を聞かせてくれ」など言われた。親日的なのは全て朝鮮族の人達であった。

次に丹東や瀋陽に行った。同じ中朝国境でも、朝鮮族の人々は少なく、人々は延辺よりもずる賢いように感じられた。案内人の人柄にもよるのかもしれない。

3回目くらいからは、中国の空気と普段住み慣れた日本との空気の違いがなんとなくわかるようになった。理由は言葉に表しにくいが、日本の方が人には住みやすい空気が漂っていると思う。これは、単に共産圏だからとか、政治や行政が違うから、というわけではなさそうである。

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